6月出発スロヴァキアへのツアーをご案内します!! 

参加者大募集中!

「2018 ICF カヌースラローム ワールドカップⅠ」を組み込んだ、
「スロヴァキアの大自然とクラクフ満喫の旅9日間」ツアーを企画しました!!!

ad-3.jpg

ツアーのおすすめポイントは
ゆっくりー到着日からブラチスラヴァに2連泊、帰国前もクラクフに2連泊ですから、せかせか旅行ではありません!
スロヴァキアの大自然を満喫ー秘境ともいえる珍しい鍾乳洞2か所に入場見学(ユネスコ世界自然遺産登録)
タトラ山脈麓の羊飼いの住む山小屋(サラシュ)で夕食!山の麓の町リプトウスキーミクラーシュに宿泊
ユネスコ世界遺産ー文化・自然遺産に合計7カ所行きます!
現地で私が同行しますー日本からの添乗員はいませんが、私がガイドとして同行します。
「2018 ICF Canoe Slalom World Cup Ⅰ」を観戦!羽根田選手が出場するかどうかは、今のところ情報はありません。ただし、ここは何といってもスロヴァキアですからね。昨年同様、出場が期待されます。

下記にパンフレットがあります。
旅行についてのお問い合わせは、左下のメールでお願いします。
追って、詳細のメールを送ります。
(パンフレットに書いてあるメールアドレスでも大丈夫です)

注意!!
旅行代金の1300€には日本とヨーロッパの往復航空券代金は含まれておりません。
お客様ご自身で予約・購入していただきますが、航空券の買い方はアドバイスしますので、
どうぞお気軽に質問してください。


ad-1.jpg
ad-2.jpg

お問い合わせお待ちしています。

やっとたどり着いた 

皆様、ご無沙汰しております。

タイトルのごとく、
やっとブログの入り口から入れてもらえました!!
パスワードだかIDだか、さっぱりわからずお手上げでした。
年末にコンピュータがダメになってしまい、新しいのを購入したことも、原因の一つ。



お久ぶりです!!

2018年のご挨拶をしてなかったですよね?
なんと1月に50歳になったんですよ!私。

あっという間に、すべてが光陰矢の如し。
思い出が走馬燈のように
なんて、この時期の卒業式で耳にすることも多いでしょう。



スロヴァキアはもうすぐイースター(復活祭)。
金曜日は肉を食べてはいけない日ですからね。うっかり忘れないようにしなくては。
日曜日はごちそうを作り、月曜日は恒例の水かけの日です。

過去のブログを引っ張る技もありますが、今年の報告をできるように頑張りますので、省略お許しを。

昨年は、49歳というなんだか「あーあ、人生おわっちゃうの?」という、
漠然として不安がいっぱいでした。恐怖観念に近かったかな?

先輩方からの
「そんなことないよ、五十路のほうが楽しいよ!」
という声に励まされながらも、消化不良で40代を過ごしてしまったのではないか?と、
悶々としてたのですが、

誕生日を境に、開き直りというか、前に進むしかないんだという現実にやっと直立することができました。

私、ずーっと、往生際が悪いんだなぁ。欲張りなんだなぁ。まだあきらめていないんだ。いろんなこと。

これからあと30年は生きるのだ!




20代は早く30代になりたかった。きっと美しく、化粧ができる綺麗な女性になる予定だった。(笑)
これは、今、写真で見るとわかる。化粧してないけど、私、結構かわいかったじゃん!って。



その30代はゆっくり過ぎて行った気がする。なんでだろう?
30代は3人も子供を産んだんだよね。人生で一番元気な時なんだ!体力も気力も!!
若い世代の君たち(読んでる人がいるか知らないけど)今頑張れよ!


その代わりと言っちゃなんだが、40代はあっという間だった。
その年、その年の自分の思い出が思い出せない。
思い出は子供が主役。自分の出来事なんて、あ~、頭打ったわ。あれは痛かった!
あれからだ!私が年齢というのを意識し始めたのは。。。どこを打ったんだろうね?

長男が家を離れ、長女の身長が伸び美しく輝く。
「ママも頑張ってダイエットしなよ!」
と、励まされても、若い時のように体重が落ちないんだよ。
あんたも、おばちゃんになったらわかるって!

50歳になって、久しぶりにスキーに行きました!
何年ぶりなんだろう?覚えていない

5人子供がいますとスキーは約3年はできなくなります。
「妊娠中、出産後、子供が1歳になるまで」 これを5回繰り返したので、
さすがに、足が遠のいておりました。

骨折が怖かったけど、行ってよかった!転ばなくていいパウダースノー!
今年は幸先の良いスタートを切ったみたいです。


余談ですが、スロヴァキアはスキーどころなので、小学生7年生かな?スキー合宿に行きます。
この時に、政府から補助金が出るようになりました。
これはありがたいことです。

プールに連れてゆく→泳げるようになる
自転車を支える→自転車がこげるようになる
スキーのお金を捻出する→スキーができる


日本でスキーは場所やチャンスに限りがありますから、大声ではいいませんが、
「水泳と自転車は親の責任だぞ!」というのは、亡き父からの教訓です。


さて回顧録は終わりにして、


最近のスロヴァキアは、大きな社会的な事件があり(#ALLFORJAN)
それを引き金に、主に首相辞任を求めるデモが各地で行われていました。

これは暴動ではなく、平和的平和を願うデモです。
形をかえながら続いてゆくことが予想されます。

今年は2018年ですが、過去の歴史を振り返ると8が付く年に、スロヴァキアは大きくかわります。
1918年第一次世界大戦が終わり、チェコスロヴァキアが誕生し、
それ以降20年ごとに国が変わってゆきます。

この流れを見ながら、まだまだスロヴァキアで生きてゆきます!

IMG_20180224_144356.jpg

はい! 今後ともどうぞよろしく!!

50を前に(こんなことを書いていたのね私) 

来年早々50才になる私は、最近やたら焦っている。

20代のころ
「何をそんなに焦っているの?」と言われたことがある。

外国に行きたい!そんなことばかりを考えていたころは、
すべてが敵に見えたかもしれない。なんか尖っていた。

本当は、自分自身がやりたいことに見切りをつけて、我慢していただけの話で、
親や友達や会社や周囲の環境が敵だったわけじゃない。
言い訳を作って、そんな自分に腹を立てていたんだな。

自分自身を開放して、自分の気持ちを理解し、応じてやる。
精一杯やれば悔いはない。

そう、精一杯やればいい。
若いうちは、それでよかった。

外国に行ってわかったことは、
所詮私は一人ぼっちなんだ!ということと、
人間は一人になった時、本当の自分を知るんだなぁ、と。

開放と孤独の背中合わせと、
見えない将来を手探りで探していた私に、
いつも微笑んでくれていたのは、
必ず、暖かく見守ってくれていたのは、
「太陽」だった。

私は太陽が大好きだ。

どんなに寒くても、どんなに暑くても、
太陽が顔を出せば、
私は生きているんだ!と、歌のように確認することができる。




50才からは、どこを目指していけばよいのだろうか?

それが見えてこないから、また焦っているのだろう。
多分、そうだ。


今年は、お尻に火がついている感覚で、ずっと落ち着かない。
何かをやって、終わらせるか、スタートを切るべきなのか?
なんだか、よくわからない悶々とした気持ちと、漠然とした不安と、
見えないものと闘っていた気がする。

馬鹿の一つ覚えなのだが、
こういう時はあれ←クリックしてねに頼る。


子曰、
吾十有五而志于学、
三十而立、
四十而不惑、
五十而知天命←ここだわな。
六十而耳順、
七十而従心所欲、不踰矩。



天命を知るんだ。


紀元前550年代の孔子の言う50才と、21世紀の50才を比べること自体に無理があるのだが、
孔子曰く、なのだから、従いましょう。

天命を知るぞ!心の耳をすませて!

さぁ! いざ!


わかったら、報告しますね~(高笑い)

「スロヴァキア熱 言葉と歌と土地」 石川晃弘著 

小中高を通しての苦痛といえば、夏休みの宿題の読書感想文だった。

それなのに、石川先生のお書きになった

「スロバキア熱 言葉と歌と土地」


の感想を書く気持ちになったのは、
スロヴァキアの観察を継続されている、
その忍耐強さを称えたいからだ。


この本は2006年に初版発行。
ということは、もう10年前に出版されていたのか。

なぜ?私の手元に今頃たどりついたのだろうか?
もっと早く知っておいても良かったはずなのに。














石川先生の名前は、ずいぶん前から風の噂で聞いていた。

かれこれ20年前だったか?
近重亜郎さん(当時は若い学生さん)と、日本大使館で行われた新年会でお会いし、
東スロバキアのプレショウ大学で、ルシン民族の研究をしていると伺った。

彼の教授が石川晃弘先生だというのを、後々知ることとなる。

その当時は、まだ今のように、インターネットでなんでも知ることができる時代ではなく、
「石川さん」といえば、私の知っている世界では、宇都宮のスロヴァキア好きの石川英一さんでしかなかった。

その石川英一さんだって、今や在日本のスロヴァキア名誉領事である。

話を戻すが、

石川晃弘先生には、実はまだお会いしたこともない。
10年以上も前から、お名前だけは知っていた。
今年に入って、巡り巡って、やっとつながることができた!
そして、チャンスあらば、ぜひお会いしたい!!

スロヴァキアについて語り合いたい!!!


著者は、私が生まれる前に、スロヴァキアに足を踏み入れた先人である。

スロヴァキアに本拠地を置いたわけでもないだろうに、
実に、国というより、民族を良く知りつくしている。

それだけ、足繁く通い続けた、ということがわかる。

「「スロヴァキア熱」は、テーマが13章に分かれている
素晴らしい点を書き留めておきます。


第1章
歴史の流れや、周辺国の特徴をよく捉えているので、
他国との比較が理解しやすい。

第2章
民族については、島国の日本人には理解しにくい問題に触れていますね。


第3、4章 
音楽、民謡を通して、日本との文化的な違いがわかる。

日本に紹介されている
「おお牧場はみどり」の訳の内容から、
国民性の特徴を説明している。
私もそう思っていた。頷く。

未だに、スロヴァキアは、
「共産主義だった貧しい国」

という印象を持っている日本人も多いはず。

しかし、本当は歌と踊りが大好きで、どちらかといえば、
明るくラテン系?と錯覚してしまうような、

前向きで、明るく、健全なものの考え方をする民族だという真髄を、
しっかりと見透かしている。


石川先生、すごいですよ!!




以降の章は、いろいろな人との出会いがあったり、
調査、観察しているのが良くわかります。

第5章
生活と価値観は、夫が言う通りの言葉が並んでいます。

スロヴァキア人が大切にしているのは、金でも富でもないのです。
石川先生の周囲も、素朴な人が多いのでしょうね。
私の周囲と同じ価値観なのです。

そうそう、公共の交通機関に乗る都度、席を譲ってもらったのを思い出しました。
子供と一緒に乗ると、カバンから飴やバナナを出して、子供をあやしてくれる、
魔法使いのおばあさんに出逢ったり、
昇降口まで降りてきてベビーカーを持ち上げ載せてくれる若者に、何度も助けてもらったなぁ。





古き良き時代ばかりが書かれているわけではなく、
現在の変化も記されているので、それにも頷ける。
都会の生活、個人主義を受け入れだした。


それでも、
「大多数の人々が支持している価値は、富、金銭、権力、地位といった実利的価値よりも、
愛と家族と道徳であり、労働と教育である。」

と書いてある。私の周囲はまさにこの通りだ。





このブログの名前でもありますが、
私はスロヴァキアが好きなんですよ。


「なんでスロヴァキアが好きなんだ?」


と聞かれたら、

それは、この「スロバキア熱」に詰まっているんです。
ぜひ、読んでみてください。


そう回答しておきましょうかね?!


スロヴァキアが好きなんて、マイナーな変人、私だけじゃないんだ。
うふふ。


石川先生が、スロバキアではなく、スロヴァキアと表記したことに、感服。


それから先生、
「スロヴァキア熱」というより「スロヴァキア愛」ですね

柔軟な先生の「心」と「頭」に感謝です。
素敵な本を、この世に送り出してくださり、ありがとうございます。


ぜひ、お会いしましょう!!



ポンセより。

9月13日(水)レボチャにて 日本人演奏者によるオルガンコンサートがあります!! 

前日の緊急告知ですみません。
なんでもそうですが、善は急げ!
肝に銘じて、このブログを書いています。

では、まずコンサートのお知らせから。

koncert-676x932.jpg

来る9月13日(水)それは明日です!

私の大好きなスロバキアの町、レボチャ(Levoča)にて、オルガンコンサートがあります。
そして、演奏者はなんと!日本人の米沢(鏑木)陽子さんです。
演奏は、旧姓の米沢で活動されているそうで、表示もローマ字で2つの苗字が表記されています。

現在は東京純心女子大学の教授で、カトリック山手教会(横浜教区司教座聖堂)及び、
カトリック聖アンセルモ目黒教会オルガニストとして活躍中です。


今回、旅行手配でお世話をすることになり、いろいろと背景をうかがい、
驚きと感動が入り交じった。

なんと1991年に、スロヴァキアの3か所で、オルガン演奏をしたそうだ。

私が初めてこの国に入ったのは、1989年の5月。まだチェコスロバキアだった。
これは仕事で、添乗員のアシスタントとしてハンガリーやチェコを旅行しただけ。
あの時に風景を考えると、陽子さんにとっても一生の思い出に残る旅行だったに違いない。

特に名前を記しておくべきは、
演奏だけでなく、円滑に旅行できるようにスロバキアの教会関係者に連絡を取った、
リュドヴィット・スカーン神父様。←スロバキア語ですがぜひクリック!!

2005年に日本の別府で亡くなっていますが、この↑のホームページによると、
1998年にスロバキア共和国文化省より、日本のスロバキア宣教師3名がキリスト教、ヒューマニズム、
スロバキア文化の普及を長期的に普及させた功績として、銀メダルを授与された。
そのうちの一人がスカーン神父様でした。


そして、今回の陽子さんのコンサートは、いろいろな方々の温かい協力により、
紆余曲折を経ましたが、それでもとんとん拍子に決まりました。(私の感想です)


1991年の演奏旅行について、
陽子さんは「スロヴァキアのオルガン事情」という文章を書いている。
この内容を皆さんにご一読して欲しい。




コンサートのプログラムは上記の通り。
演奏は明日。
素晴らしいものに違いない。