捨てる神あれば拾う神あり 

今年のスロヴァキアの夏は、
なんだか日本の天気と連携プレーのような天気で、
不思議が多かった。


日本が20℃の涼しいの雨なら、こちらも涼しく13℃の雨。
日本がジメジメ蒸し暑い37℃のジリジリ日射なら、
こちらも乾燥強烈ピカ―っと強い35℃のパリパリ日射。


Lineを通して、友人が日本の夏情報を教えてくれる。
確かに暑そう。でも、、、正直言うと、羨ましかった!!

スロバキアの乾燥よりも、
日本の湿気が私は好きだ!!


日本に住む皆さんには苦痛でしょうが、
あの湿気による「ムーっ」が、まるでミストサウナのよう(うっとり)
湿気が太陽からの直撃光線にバリアを張って、守ってくれているような、
優しさにすら感じてしまうのだ。

*ポンセ何言ってるの?頭大丈夫?って、思うでしょ?

でも、スロバキアに住んでいる人なら、この意味わかってもらえるはず。
本当に日差しが強くて、干からびてゆく顔には、くっきりとシワが見えてきた。
ああこわい。




さて、本題ですが、

先日、三男坊のべんちゃん(10月末で6歳になります)が自転車に乗り、
私が歩きながら坂道を下っていた時、こんなことがありました。



「ねぇ、あなた自転車持ってる?」



近所の人に呼び止められ、


いや~、昔は持っていたんですけど、
引っ越の際に、知人にあげてしまい、それっきり。

チェコスロバキア時代の自転車ならあるけど、
車体が重たくて、乗りにくいからガレージに眠ってます。


「あたし4台あるから、1台あげるわよ。」

ええ~??
そんな平然と嬉しいこと言わないでよ。
マジ??超ウレシイ






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自転車といえば、サガン選手!!





この声をかけてくれた人は、地元の高校の体育の先生で、
娘も授業を受けていますが、特筆すべきは、
夫やその妹、弟たちが、高校生の時からお世話になっているということ。

「電動自転車を買ったの。自転車4台もいらないから。」

との理由で、走り屋っぽい自転車をいただきました。

買い物、子供との散歩にとても重宝しています。
大感謝です。




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スロバキアにあるシャトーホテルの庭園





実は、その10日くらい前に、7年ほど使用していた思い出のTシャツを捨てました。


ペジノックに住んでいた時は、子育て真っ最中で、よっぽど貧相に見えたのかな?
ベトナム人の洋品店をしているご夫婦が、
娘さんのお下がりをうちのエステルに。
そして、私には、Tシャツとズボンを持たせてくれた。(これも古着)

自分じゃ絶対に買わない類のものだけど、ズボンは畑仕事用に、
大きなTシャツは、パジャマとして使えそう。

多分、中国製ではなく、ベトナム製だったのかも?
質の高い綿100パーセントで、着心地がよかった。

ベトナムで生活していた時に、HONDAの工場で働いていて、
日本人はいい人ばかりだったよ!
って。

だから車もHONDAのアコードに乗っていたなぁ、この人たち。
今でも元気かな?


スロヴァキア語がほんのちょっとしか話せなくて、語彙もなくて、
子供の散歩の時に言葉を交わしたり、近所の人と挨拶したり、
右も左もわかんないけど、毎日があっという間に過ぎていたなぁ。

いろんな人から、いろいろなものをもらった。
子供の古着だけじゃない。生きる知恵、温かい気持ち。

古着は「不要です」
なんて言えなくて、なんでももらっていたなぁ。


子供のパンツ(古着)まであった時は、あまりにもカルチャーショックで、
夫のラドに捨ててもいいの?と、相談した。
こういうものを他人にあげるかな?という感覚の違いから、
友達を止めたほうがいいのか、真面目に悩んだ。
融通がきかなかったんだね、私。



その「青い時代」にもらったTシャツが、はずみで破られてしまった。
捨てなくてもよかったのかもしれないが、見るのが嫌で、
でも雑巾にするのも嫌で、ビニール袋に入れて捨てた。

Tシャツをくれた人との別れのような寂しさ、
「青い自分」が壊されたような悲しみが、
いつまでも心に残っていた。


そんな時に、欲しかった自転車が手に入った。
物じゃない、ご近所さんの視線が嬉しかったのだ。


頭に浮かんだ言葉がこれだった。



捨てる神あれば拾う神あり
見捨てられることがあっても、一方で助けてくれる人もいる。
たとえ不運なことや困ったことがあっても、悲観することはないというたとえ。


私の心を拾ってくれてありがとう。

投資と勉強代 

いきなりお金の話?

いえ、いえ、違うんですよ。
木曜日に起こった出来事について、
久しぶりに書きたくなりました。
タイトルも咄嗟に浮かんだくらい、それはもう強烈で、、、。



スロバキア中部は今週が春休みでした。
どこに行こうか楽しみにしていた私ですが、
月曜日から木曜まで、夫のラドに突然ブルガリアに出張が入りました。

しかし、ラッキー!今回は飛行機で行くとのこと。
(先月のルーマニア出張は車で行ってきました)
ということは、私が車を使えるじゃん!!

そして、大学生の長男は休みなしなので、
長女16歳とちびっこ軍団(12、8、4歳)の4人の面倒を私が見るってこと?!
うん。まあいいか!!

ちょっと待てよ。



長女のサラは将来パイロットになる!と、
ここ数年は自分の夢が揺るがず、
暇さえあれば、飛行機に関することを調べたり、
世界の飛行機仲間とチャットで、


いつ、どこの空港に、どんな珍しい飛行機が飛んでくるか、



などの情報を話している。


そしてここ数年、「アンネの日記」を読んだりして、
アムステルダムに行きたいと、常日頃から言い続けている娘。



本当は日本に連れて行きたいけど、
夫が不在だと、
家の家畜や、何やらかんやらと面倒を見るのは私の仕事。
子供4人連れても無理だし。


よっし!ちょっと豪華な春休みをプレゼントしよう。
多感な時期に、しっかりと目標に向かって全力で努力できるように、
空を飛ぶ楽しさを味わってほしい。

私からの彼女の将来への投資と思えば、まあ大した金額じゃない。
*ちなみに、東京―宮崎間よりもかなり安いそうです。


そんなわけで、月曜日、私は子供を医者に連れて行ってる間に
ラドとサラは出かけて行った。


それから毎日、サラとはFBのメッセンジャーで連絡を取り合っていた。

こちらに戻ってくるときは、ちびっこ軍団を連れて、ウィーンの空港に行くからね!
私たちはウィーンのプラターでジェットコースターにでも乗ろうかな?とか、
ブラチスラヴァの動物園に行こうかな?とか、
ブラチスラヴァのIKEAに行こうかな?とか、


私は私なりに、春休みの予定(ちびっ子バージョンを考えていたのだが、


「そんなお金のかかることしなくていいよ」だの、
「子供は家が一番いいんだよ」だの、
「マクドナルドで十分じゃない」だの、


どうもサラは、私が空港に来るのが嫌なの?というような虚しい返事しかこない。
それが、水曜日の夜遅くになってから、



「明日来るの?18:35到着だから」
「来たいのなら、来てもいいよ。でもガソリン代はママが払ってね!だって。」



と、一言メッセージがあった。
なんだよ、来て欲しいのか?どっちよ??
ラドからの一言も余計だし。


ちょっと腹立たしかったので、
無視していたら、木曜日の朝6時半にまたメッセージが来た。
寝てるって。春休みだってば。


8時くらいにチャットをして、
「片付けや掃除をして、アイロンして、行けそうだったら
携帯にSMSメッセージを入れるね!」
というところで、
会話が終わった。


それから、私は子供を起こし、掃除、洗濯、昼食づくり、サンドイッチづくり、
ナタンは地下に薪を運び、エステルとベンちゃんは「手伝い」のレベルではなく、
すったもんだしていたら、お昼を過ぎてしまった。

今回は子供たちのパスポートを持って行かないと、
ウィーンで問題が起きるかもしれないから、それも頭から離れず、
いろいろと手間どった。

13時だ!いざ、出発!!
そういうときに来るんだよね。義両親。
午前中に電話でウィーンに行くって、伝えたのに。。。



やれ、ベンちゃんの洋服が古い。
ジャンパーが汚い。
ママは目が悪いのか?見えないのか?
それとも、子供が汚らしくても気にならないのか?


「うぁお、いよいよ老人ロードまっしぐらだなぁ、、、。」と、
内心でささやきながら、着替えさせていたら、
義両親はどこかへ行ってしまった。
つまり、孫に「いってらっしゃい」を言うために来ただけなのだ。

私の運転で何かが起こり、
もしかしたら最後のお別れになるかもしれないと思ったのでしょう。





まあ、まあ順調にウィーン空港に到着。
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パーキングのチケットも18:22を印字。
普通は飛行機が着陸して、到着して、お迎えゲートに来るにも15分はかかるだろう!





でもね、会えなかったんですよ。


18:44に電話をしたら、
「もう、バスの中だよ。」

だそうで、、、、。

私は脱力、唖然。


子供たちも、「マクドナルドかIKEAに行こう!」ムードから、
一気消沈。


ブラチスラヴァの空港に待ち合わせを変更し、
難なく落ち合うことができましたが、

ただいまチューのあと、
ラドの一言でカチンときた。

「来てくれたのは嬉しいけど、浅はかだね。」と。

なんじゃそれ?

いや、英語だったのですが、これは書いてもしょうがないので、
私なりの解釈ですが、
愛を感じられない言葉に、波が引いてゆく音すら聞こえてきました。

これが、新婚時代なら、
「とにかく来てくれて嬉しいよ。ありがとう。チュー」でしょ?
「事故がなくてよかった。」とかさ。

ラド、ひどくない?


実際、飛行機の到着は18:25が予定で、到着したのは18:01。


「サラからの情報と違う」と、わざと指摘すると
(あくまでも冷静にですよ)


予想通り、
「だって、ママは来るならSMSを送るっていってたでしょ?」と興奮の反逆ムード。


うん。知っているよ。
ママのこと、信じてなかったんでしょ。
絶対に行くよ!って、出発前から言ってたのに。



ラドだってそうだよね。
私もサラにしか話をしていなかったから、
サラを通して、私に来るように仕向けていたくせに、

10分も待つことなく、到着ゲートに誰もいないから、
さっさとバスへ向かってしまったこの親子。




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本当に、悪いのは私なんです。
SMSのことなんて、忙しくてすっかり忘れていましたから。

じらしたくて、驚かしたくて、
「行けるかわからない」と答えたのではなく、
掃除や片付けをして、準備して、間に合うかな?
空港に到着してからでも、連絡する時間は十分あると、
油断していた私が悪かったのです。

携帯もカーナビ兼用で使うから、簡単に電話したりもできず。
安全運転ですから、しょうがない、、、。






携帯のなかった、20年前の物語ならわかりますよね。
しかし、これは三日前の話なんです。
今や、誰もが携帯を持っている時代で、
ベンちゃん以外、クレジットは入ってないけど、
エステルだって、ナタンだって、携帯を持っているんです。


これがタイトルなんです。
ズバリ、高い勉強代を払っちゃったなぁ、、、と。


娘に投資したと思ったら、
なんだよ、娘、ママのことまだわかってないね。

夫を喜ばせようと思ったら、大失敗しちゃったし。

その上、ガソリン代もパーキング代もかかってさ、
嫌な言葉をきいちゃて、

ああ、本当に高い勉強代であり、
なんだかちょっと悲しい日でした。













































ひと皮むけました 

いきなりビックリ!でなければいいのですが。

すごいタイトルで驚きましたよね??
いやいや、「なんのこっちゃ?」でしょう??


人生は長く、未開の地を踏みならしている最中の私。
1月には人生の坂道を下るがごとく、誕生日も迎えちゃったのに、、、である。



1月初旬に、恒例の豚の解体を終えて、「はぁ~」と安堵の夫と長男は早速風邪でダウン。
残された私は、後始末だけでなく、「燻製」にする肉に塩をまぶしたり、ラードとなった脂をどうするか?
なんといっても400キロ分の豚でしたから、それはもう大量の脂でいったいどうすりゃいいのよ?状態。

そんな文句を言ってるうちに、子供たちが週替わりに風邪にかかり、病院だの、学校を休むだの、
こっちは目がまわるような忙しさ、、、。

みんないいよなぁ~、明らかに風邪なんだもん。

私と次女のエステルくらいだよ!元気なのは!

「レモンティーにはちみつをいれてよ」とか、「鼻がつまるから薬もってきて、あっ!ティッシュもね」とか、
5人の子供のうちの2人ずつが、入れ替わり立ち代わり学校を休んでいた。
その上、いつものとおりの掃除、洗濯、3度の食事だもの、たまったもんじゃない。

なんといっても、一番下のちびっこベンちゃんが風邪で鼻水はすごいわ、熱はあるわで、ご機嫌ななめ
それでも、申し訳なさそうに、元気もなく「抱っこしてくれる?」なんて言われたら、40代後半ママでも、がんばっちゃうよ。


そんな中、1月30日に子供たちは通信簿をもらい、なんとか前期が終わったのですが、
休日が明けた2月3日の夜。

「あれっ?頭痛?」とわたし。積雪予報がでてましたけど、アレルギー体質の私は見事にこのウェーブに乗り、
目が痛い、鼻が痛い、頭が痛い、、、熱はなし、のどもプロポリス入りのスプレーで万事休す。

あ~あ、お鉢が回ってきましたよ。

2月4日と5日は頭痛でダウン。
風邪ならいいけど、これが中年のなんとかだったら嫌だなぁ~、なんて
アホなことを考えながら、天井を眺めて2日間。

2月5日は次男ナタンの誕生日なのに、、、。何かをしてあげる元気が湧いてこない。
ナタンは7日(土曜日)に友達を呼んでパーティーをすると、以前から宣言してたので、
まあ、家族の内輪でお祝いをすればいいのだけど、本当に立っているのがだるい。

「ごめん、なっちゃん。」

私の代替案は「宅配ピザ!」

家族が風邪の時は、召使に徹し、
自分が風邪になると、家族は私にまとわりつく。
それなら「お茶」の一杯でも持ってきてよ。。。。。

2日間で本当に唯一ナタンだけが、
「ママ、お茶とか持ってこようか?」

と、優しい言葉をかけてくれた。
(お湯を沸かしてくれたが、そのことを忘れてしまったらしくお茶は届かなかった)

家族の皆よ!忘れないからね、覚えていろよ!

長男の受験勉強、長女のバレーボール、学童、保育園、など忙しい中、
兄弟がそれぞれ助け合ってくれたのは救いであるのだが、

食事の支度は???できてない。
私も食欲がない。



宅配ピザは大成功!!


長男:「ママ、ピザの注文なんてできたの?すごいじゃん」
私:「なっちゃん、ごめんね。お誕生日なのに。何にも作ってあげられなくて」

次男:「ええ、ママ嬉しいよ!ピザのほうが、、、。おおっと。」

そういうことね。

夫:「これはどこのピザ?」
私:「この間おいしいって教えてくれた所に電話してみたよ」

夫の満足そうな顔が憎たらしい。

今まではなんでも作っていた私。手作り最高!
正直レストランの食事よりも、自分の作る料理のほうが美味しいと思っている私。

でも、ピンチの時はしょうがない。
空腹で夫をはじめ、子供たちが喧嘩になるよりは、お財布は痛いけど、
おいしいものを囲んで笑顔になるほうがいい!!


なんだか、そんな悟りを開いてしまった晩でした。

まあ、たまには外食とか必要ですよね。
そうじゃなきゃ、美味しいものを作る創作アイディアとかわかないし。

風邪をひいているときは、家族に看病してくれるだろうと期待するよりも、
やって欲しい事や要望をガンガンと命令したほうが、
自分の精神も健康になることを発見。
(変な納得なんですけど、これが我が家のぎりぎりの現実)


そんなんで、私、ひと皮むけたんですよ。うふふ。←微笑むしかない。








クリスマスなのに 

スロバキアのクリスマスを果たして何回迎えたことだろう?


ラジオから流れる音楽も、「またか」「今年もかぁ」と、歌詞すらちゃんと知らないくせに、
スロバキア語で歌えてしまうくらい、クリスマスソングにも慣れてしまった。


毎日、毎日がクリスマス。
西洋人はやっぱりクリスマスが好きなんだなぁ。


テレビをつければ恒例の番組だし。
「Mrazik」とか、「ホームアローン」シリーズだったり。
コカコーラのコマーシャルはそれほどお目にかからない。
なんてったって、コフォラというチェコのスパイスの効いた飲み物のほうが、
スロバキア人の郷土愛の精神をくすぐっている。


雪もなく暖かい日中を迎え、日光に出会える午後。
悲しいニュースが耳に入る。


27日。昨日のアフガニスタン。
自爆テロでスロバキア人の兵士二人が亡くなった。


日本ではニュースにもならないだろう。
クリスマスを家族とも迎えず、職務のために知らぬ土地で亡くなる無念さ。

テレビカメラは家族を映しだした。


クリスマス向けの映画や歌が聞こえるなかで、
このニュースだけがポッカリと浮かび上がった。


兵隊ではないのだが、迷彩服を着る日本の自衛隊。
盆暮れ正月、関係なく働くのだろう。

兵隊の格好をしたスロバキアの兵士。
クリスマスも関係なく働くのだろう。




知識のない私が語ることはできないが、
平和な風景の少し遠くで、こんな風景がひろがっていること。
それはやはり残念なことだけど、
現実の世界があるということを改めて思う。


うわべと見せかけにだまされてはいけない。
そう、一歩一歩自分の足で歩いて行くしかないことを、
もう一度、自分に言い聞かせる。

クリスマスにだまされてはいけない。








中年の女心と秋の空 

日本に一時帰国して気分転換や目からウロコを落としてきたのはいいが、
心に引っかかっているものがある。




それが最近、頭から離れることがなくなってきており、
自分が停滞前線にいるような沈んだ気分の日が続く。




そうなるとブログの話題に書きたい話題が浮かんでも、PCに向かって

「よっしゃー!」



というような元気がでてこない。
ヤバイな、私。



あんまりこういう人間じゃないんですけどね。








スロバキアの秋はあっという間にやって来て、あっという間に去ってゆく。
日本の紅葉が美しいように、スロバキアの紅葉も美しい。




この落ち葉が秋風に乗って、山の向こうに行く姿は、旅立ちみたい。
私はその黄色の風を見送っている。


もちろん、家の前を掃いているけど。。。毎日はできない。むなしくなる。
大量の落ち葉、明日もまたこのくらいなんだろうなぁ~。。。
昔みたいに、焚き火なんてできないし。(スロバキアでも一応禁止みたい)



初めてスロバキアの地を踏んだのが1994年の10月12日。

白い雲と青い空と太陽がまぶしい日に私はここに来た。
夕方、山間の家から上がる煙とその匂いに、一目ぼれした。


土曜日に初めて訪れたラドのおばあちゃんの家で、胡桃を拾った。
農作業の後に親戚たちが、紙でタバコを巻いて、おいしそうに吸っていた。

黄色い葉の落ちている山に入ってキノコを探した。
狼が出ないかいつもビクビクしていた私。

ハイジになったつもりで歩いていたら、大きな丸が牛のウンチだと知った。
この巨大ぶりは恐怖すら感じた。


落ち葉とどんぐりでできた「黄金の小道」が1週間でなくなること。




あれからたくさんの時間が流れたのだが、また振り出しに戻る。



なんで私はここにいるんだろう?




心につっかえているもの、のどから発したい言葉、それらを腹に溜めて、
なんで私は動こうとしないのだろう?



自己嫌悪?嫌、ちがうな。でも、思う。

大人だから一人で考えよう。
最善の方法を!




遠くにいるともどかしい。遠くにいるのが悲しい。



はぁ、考えても仕方がない。だからここで膨らんだ風船に針を刺して
私の心のつっかえを破裂させて、木っ端微塵にしたくて、つぶやいてみた。


紅、黄、茶色、緑も見える。
スロバキアの秋は、日本の秋と同じ色だ。