プチ一人旅(オーストリアのウィーン) 

5月中旬はこんなに寒かったっけ?
まるで4月のような気候が続いています。


それは、朝は晴れていたのに、急に黒い雨雲がやってきて、
昼に冷たーい風が吹きだしたかと思えば、
夕方や夜中に土砂降りの雨。


起きる前に携帯を見ると、気温は6度とか4度とか。
冗談じゃない!!初夏を返してくれ~!


今年の会話でよく聞くのは、
「さくらんぼとブドウは期待できないね。」


そう、つぼみになる頃、花が凍ってしまいました。
今、庭の木には、黒ずんだ小さい実がなっています。
ブドウは、新芽が出てこないし、イチゴは花は咲いているが、実になるところが黒い。

日光よ、帰って来ておくれ。





さて、本日のタイトルは「プチ一人旅」です。


なぜ「プチ」かというと、つい1か月前に日本に一人で行ってきました。
あれは、「マジ一人旅行」だったので、今回は1泊2日の自己満旅行でした。


5月13日は、かの「マリア・テレジア」の誕生日。
それを知った私は、居てもたってもいられなかった。


スロバキアの首都、ブラチスラヴァは人口54万人。
一国の首都としてはそれほど大きくない。


しかし、はるか480年以上をさかのぼると、
現在の隣国ハンガリーの首都が1536年にブラチスラヴァに遷都され
それから約250年マリアテレジアが亡くなるまで、
ハプスブルグ家の治世の下、
首都は、プレスブルグ(ドイツ語)、ポジョニー(ハンガリー語)、プレシュプルク(チェコ語)
プレシュポロック(スロバキア語)と呼ばれる
4カ国語が使われる国際都市ができあがっていった。


250年というのは、日本でいえば、徳川家の江戸時代とほぼ同じである。


そんなわけで、現在のブラチスラヴァの旧市街は、
マリアテレジアの時代も含め、様々な年代の建物を見ることができる。
石畳で車の進入ができない歩行者天国を、旅行者になって歩くのも良し!
友人と待ち合わせして、カフェでお茶するのも良し!
書類の手続きで日本大使館を訪れてもよし!(もちろん目的があるからですよ)





opera 2016
古いほうの国立劇場前  映画「のだめのカンタービレ」で撮影されました





rybarsky gate 2016
劇場前 昔はここはドナウ川が流れ込んでいて町を行き来する門がありました





人並みもなく、ごみも落ちていない、青空が似合うかわいらしい町。
マリアテレジアが愛し、頻繁に足繁く訪れたブラチスラヴァ、
是非みなさんもいらしてください。






ととと、

ここまではコマーシャル。






マリアテレジアはブラチスラヴァが大好きだった。
それはハンガリー国民が力を貸してくれたから。



1741年3月13日に待望の男児ヨーゼフが誕生し、国内の士気は大いに上がる。しかし4月10日にはモルヴィッツの戦いで大敗する。西側を包囲された四面楚歌の状況にあって、マリア・テレジアは東方のハンガリーに救いを求める。ハンガリーは異民族であり、心情的には長年対立していた。マリア・テレジアは夫と子供たちを伴いプレスブルク(ブラチスラヴァ)へ赴き、6月25日にハンガリー女王として即位した。美しく力強い女王の姿は、好印象を与えた。ここでハンガリー議会(等族議会)と交渉を開始する。9月には幼いヨーゼフを抱き「この子を抱いた私を助けられるのはあなたがただけなのです」と演説[14]。数か月にも及ぶ折衝の末、ハンガリーは「我々は我が血と生命を女王に捧げる」と誓約し、特権と引き換えに資金と兵力を差し出した[15]。ハンガリーは、後世までオーストリア軍の主力として勇名を馳せることとなる[16]。ウィキペディア「マリア・テレジア」より抜粋

↑これは現在のブラチスラバの事なんですよ。





マリアテレジアは、ハンガリー貴族に頻繁に首都に来ると約束をしたので、
社交の場を設、舞踏会を開いた(現在のブラチスラヴァにある大統領公邸)
President p 2016






愛娘をブラチスラヴァ城に住ませ、息抜きにわざわざウィーンから訪問し、
城にも自分のために、ロココ様式の住居を構えた。
BA hrad 2016





こうやって、国王と皇后はやって来ることで、ブラチスラヴァは発展し
華やかな黄金時代を迎えることになった。
man at work 2016









やっと本題に入れます!!


「プチ一人旅」の目的は
マリアテレジアのお墓参り。



母の49日も終わらぬ身ではあるが、
5月13日はマリアテレジアの誕生日だというのを知り、
とある案が頭に浮かんだ。
マリアテレジアのお許しをいただこう。
そして、ブラチスラヴァの黄金時代を築いてくれたお礼をいわなきゃ。


はるばるウィーンへ行く事にした。


家族には「ちょっと息抜きさせてくれ~」と言い残すと、
娘のサラは心よく送りだしてくれた。(感謝)


目指すはカプツイーナ納骨堂←クリックしてね。
ウィーン旧市街のど真ん中。ケルトナー通りの一本隣の道。


見つけました!マリアテレジアの棺桶。
大きな石造で横にはこんな彫刻がありました。





BA in maria terezia
戴冠式が行われた町ブラチスラヴァ 四角い城とセントマルティン大聖堂が見える





taikan shiki in maria terezia
多分、ブラチスラヴァのセントマルティン教会プラハ城での戴冠式の様子





turky in maria terezia
トルコ軍がブラチスラヴァを襲おうとしている様子 
実際ここまで来たのか?(ドナウ川の向こうまで町には侵入していないはず)
トルコ軍の兵士が見える


教会の地下にあるいくつかの巨大な部屋にハプスブルグ家の棺桶が並んでいた。(墓石ではない)
もちろん、マリアテレジアとフランツ1世の石造の棺桶は、
天上の高くフラスコ画のかかれた聖堂のような作りになっている場所にあり、
天使が冠を持っていた。





maria a Franz in maria terezia
恋愛結婚で幸せな夫婦として現在までも語られている二人





かの有名なエリザベート(シシィー)のとフランツ皇帝の墓もあった。
ここ一角だけが、少し異様だが、その長男で自殺を図ったルドルフの棺桶も
同じところにあった。



ナポレオンの妻となった、マリールイーズの棺桶もあった。
彼女のお墓は少し大きく、一人だけポツンと置いてあった。





私は霊感とか強くないので、何も感じませんでしたが、
一緒に行ったウィーン在住のお友達は「もうそろそろいいんじゃない?」と。
何か息苦しさを感じたそうです。
他のブログを見ると、そんなことを書いている人もいるようですね。





そして、意外なのですが、期待以上にすごかったのは、
マリアテレジアの父上、カロル6世の棺桶でした。

karol 6 in maria terezia
彫金?豪華絢爛!天使もいれば骸骨もあり 多くの戦争を戦い抜いた歴史が称えてありました

この写真は色合いが良く見えませんが、多分すべてが銀だったように思えます。
対面には皇女のエリザベート・クリスティーネ(カール6世の奥方)の同様の棺桶がありました。

マリアテレジアを産んだ方ですからね。母は偉し!
また、マリアテレジアの多産も有名ですが、
ブラチスラヴァに住ませた四女の愛娘クリスティーネだけには
自分と同じく恋愛結婚を許しましたが、
日本でも有名なマリ―アントワネット、他の子供たちには政略結婚をさせました。



みなさん、青字をクリックするとウィキペディアが出てきます。
週末にでも、ちょっとウィーンにウエブ旅行にいってらっしゃい!!

長文の旅、お付き合いありがとうございました。

スロバキアの秋 Topľčanky にて 

11月の2回目の投稿です。

今日で11月も終わりです。あっという間に12月がやって来てしまいました。


終われ良ければすべて良し

な~んて、言いますけどね。


その最高のフィニッシュを迎えるには、日々の努力と来年へ向けての
指針をたたき出さなくては、明るい新年につながらないのだと、
昨年末に実感した私。

来年の年女に向けて、
気持ちばかりのダイエットと、
気持ちばかりが焦る大掃除。

もちろん、仕事もそうだし、
一番おろそかにしてはいけない「家庭」というものがある。

ああ、11月。
一番美しい季節なのに、味わう時間もなく去りゆく君よ。
とらえた一瞬を、みなさんと一緒に写真で振り返りましょ!



なんと写真を見ると、ここを訪れたのは11月3日でした。
あ~あ、ほぼ1か月前のことだわね。


夫が車の後ろにつける荷台を買いに行くといいだし、
かの有名なTopoĺčany(トポリュチャニ)なので、
一緒についてゆくことにした次第。

何が有名か???

1)美しい宮殿がある
2)国営の馬の飼育場がある
3)絶滅しかかっているヨーロピアバイゾンの保護生息所がある(餌付けもできるらしい)
4)ワインの名産地


というわけで、一度は行ってみたかったのがこの宮殿。
ラドは荷台を買いに消えて行き、私は森にたどり着き。





mon.jpg
うっそうとした森?立派な石柱の門だけど木が深くて奥が見えず不安がよぎる










20151103_124736a.jpg
見えてきたぁ!!大きくて立派な外観!!









topolcanky castel
品のある建物 さすがに名家が住んできただけのことがある




caster ura
建物をくぐって裏側へまわってみた










castel ura2
緑青の美しいや屋根と時計



いろいろな時代を経た建物だということがわかった。
博物館へも行きたかったのだが、入場料がなんと!!

驚き価格の20ユーロ

冬期は入場者が少ないので、
1回の入場料を20ユーロに設定してあり、
その回の人数で割るらしい。

私の場合、物珍しい観光客?がやってきたわけですが、
在スロバキアなので、こんな大金だせませんわ。
というわけで、外観だけを見ることに。

arcarde.jpg
建物の裏にはルネッサンス様式のアーケードが「コの字」になって隣接している











arcarde zentai
調和の取れた茶色い屋根と白い建物










arcarde 2
レストランやサウナがある










onshitsu.jpg
果物や植物の栽培でも有名だった













onshitsu ura
温室の裏にある建物にはそぐわないほど立派なモチーフが




トポリュチャニ宮殿について知りたい方は←クリック



さて、ここからが本日の真骨頂!!メインイベントでございます。


あなたはどれがお好き??

テーマその1:木




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テーマその2:壁紙




kabegami 1 kabegami4.jpg kabegami7.jpg kabegami8.jpg



kabegami2.jpg kabegami3.jpg
kabegami5.jpg kabegami6.jpg



スロバキアのトポリュチャニの秋を楽しんでいただけましたでしょうか?
こちら一昨日は雪が降りましたが、昨日の昼にすっかり解けました。
12月に入りますが、皆様が2015年を最高のフィニッシュで迎えられますように。
体に気を付けて風邪などひきませんように、がんばっていきましょ!!


では、私のお気に入りの一枚をご覧ください。
秋、ばい!ばい!



best shot








































バレエの演目「KORZÁR(コルザール)」 

4月に入りましたが、関東は寒波が戻ったと聞きました。
埼玉県では雪がちらついたとか。

みなさまのお住まいでは、どんな春をお迎えでしょうか?

さて、お知らせです!

去年の年末にブラチスラヴァでバレエを観に行ってきましたが、
今月には新作が発表されます。

それがタイトルの通り「KORZÁR(コルザール)」
クリックするとスロバキア国立劇場のページになります)
kozar.png


4月17日、18日が初演となる「KORZÁR(コルザール)」には、
このブログにコメントをくださる、チャイさんの息子さんが出演します。

最近ちょくちょく、スロバキアのテレビでコマーシャルが流れます。
どうやって、皆さんにお見せしようかな?と考えていたところ、
先ほどフェースブックでみつけました。

クリックしてください「KORZÁR(コルザール)」に応募しよう!

最初に応募用紙が出てきます。(私は応募しましたよ!)
観覧券のほか、いろいろなお楽しみが当たります。

肝心なのは!
下のほうにスクロールすると、You tubeの枠が出てきます。
左側が「KORZÁR(コルザール)」のコマーシャルです。

ぜひ、クリックしてご覧下さい。

チャイさんの息子さんのYUKI君を探してくださいね!!
どの人がYUKI君か、わかりますか???

ヒントは?
正解は??

チャイさん、コメントしてくださ~い!!

もしもお時間がある方は、ブラチスラヴァでご覧ください。

ポンセより

スロバキア国立劇場でバレエ「くるみ割り人形」を観てきました 

あけましておめでとうございます!!

昨年は大変お世話になりました。

来年の年女に向けて、今年は力を惜しまず、
最後まで振り絞るつもりで
頑張ってゆきますので、

どうぞよろしくお願いもうしあげます。


さて、年末の大忙しに追われて、皆様への報告が遅くなりましたが、
タイトルの通り、ブラチスラヴァにあるスロバキア国立劇場に行ってまいりました。


お気づきの方、いらっしゃいましたか?
前回のブログのメッセージに、チャイさんから息子さんの公演のご案内をいただきました。

以下、いただいたコメントより

さて、息子の話で恐縮ですが、

スロバキア国立劇場バレエでは、11月の終わりより「くるみ割り人形」の公演が続いています。
今回息子が初めての主役をつとめておりまして、12月27日の11時公演を見に行くことにしました。
「くるみ割り人形」は昨年末にリニューアルした作品で、その時には女性の主役に日本人ダンサー(Erina Akatuka)が抜擢されました。
今回引き続き、その方も主役つとめるのですが、その相手、王子役に息子(Yuki Kaminaka)が抜擢されたようです。

日本人ペアの主役の公演は4回、最後が27日で、それを何とか日程をさいて観に行くことにしました。
急なことで、日程も2泊1日強行軍でお目にかかることもかないませんが~

スロバキアを満喫するのは、またの機会にとっておきます。

スロバキアのバレエ団は、他国のバレエ団と同じように国際色豊かです。日本人だからではなく、バレエにご興味を持っていただいて、劇場に足をお運びいただく機会があれば幸いです。






そうなんです。チャイさんの息子さんはスロバキア国立劇場のバレエダンサーで、
27日の「くるみ割り人形」の主役を踊られるとのこと。

私事でクリスマス前から、ず~っと野暮用が詰まっていたので、
夫と子供を振り切って、自由の身、単身でブラチスラヴァに出かけることにしました。


この日はまで雪は降る気配なし!!
青空のクリスマスを迎え、3が日ともいえる26日も終わり、
はぁ!息抜きに行くぞ!

ちなみに、クリスマスプレゼントにやっと新しいPCをゲット。
そんなわけで、メールのチェックなども怠っていた私。

チャイさんのメッセージを見つけたのは、26日の朝。
インターネットで探せど、空席なし!
こうなれば当日券狙いで行ってきます!!






スロバキア国立劇場はSNDといいまして、
Slovenské (スロバキア)Národné(国立) Divadlo(劇場)の
頭文字を取った略表示をします。
スロバキアはこういう略表示が大変多いので、SNDといえば、もうそれは国立劇場のこと。
ただ、オペラや演劇、バレエなどカテゴリーがあり、それによって公演する劇場(場所)が
ブラチスラヴァ市内なのですが、それぞれ違います。

ちなみに、ウェブサイトを下記にてご案内しておきますね。↓
スロバキア国立劇場←こちらをクリック

今回は旧市街にある古い国立劇場へ。
当日売りを買うために、10時にブラチスラヴァへ。
逆算すると、我が家を出発したのは朝の5時半。。。。。。

この日は休日ではないけれど、長期休暇中の方も多いので、
まばら運転かな?と、バスターミナルから旧市街まで徒歩。
途中、Tescoでお花を買って、
劇場の当日券売り場に到着したのは、ほぼ10時。

一番乗りと張り切ったが、窓口のおばちゃん曰く、
「空席なし!キャンセルチケットは10時半から売り出すので待っていてね。」

ということで、椅子に座って30分。
その間に来る!来る!
予約券を受け取りに来るのはドイツ語を話す人ばかり。
かなり外国人が多かった。(スロバキア人じゃない人たち)

子供連れの親子、孫連れのおじいちゃんとおばあちゃん5人組など
私の後からもキャンセル席待ちの人たちが続々と。

一番乗りだからと安心していたら、10時半とともに
みなさんが一列になり、チケットを買い始めた。


ちょっと待って!!私が一番乗りなのに???

窓口のおばちゃんも、私のことなどすっかり忘れてしまった様子で、
さっさと子連れにチケットを売ってしまった。



てっきり順番だと思っていたので、私は完全に油断していた。
「当日券を買うぞ!」という執念オーラが足りなかったんだろうなぁ。


私もいつもなら子連れだから、まあ仕方がないといえば、仕方がない。
プログラムは何といっても「くるみ割り人形」で、子供がたくさん観に来ているのも事実。



孫連れ5人組のおじいさんが私に気が付き、

「あんたは並ばないのかい?」と、声をかけてくれ、
列に入れたものの、

おばちゃん曰く

「あっ、もう1枚もないわ、、、。」

そりゃないよ~

何と言って爆発しようかと、頭に血が上り始めたたところで、

「待って、一枚あるかも?」

と、コンピューターをのぞき込んでくれたところ、
最後の1枚をなんとかゲットしてくれました。

よかったね~!わたし
バス代が無駄にならなくて、、、。

咄嗟に、どうやって文句を言おうかと、真面目にスロバキア語を考えた。
その話を家に帰ってしたら、10歳の息子に

「ママ、英語で文句を言えばいいんだよ」と。

ああ、そうか。
息子のほうがよっぽど冷静だ。
お前の母ちゃんまだまだ修行が足りないみたいだわ。



tickt.jpg
やっとの思いで入手したチケット
記載されている演目が花束で隠れてしまった






10年ぶりかなぁ?もっと??
ルネッサンス風ロココ調の白い彫刻に金の枠取りが美しい、
こじんまりとした劇場は、すっかり化粧直しされていて、
座席も大きく柔らかく、大変心地のよい劇場になっていました。



butai.jpg
開演開幕前の様子








劇場の写真をとってもいいのかなぁ?????
係員に尋ねようとウロウロしていると、


なんとそこに、チャイさんが居ました。



なんでこんなに自信があるのか?
会ったこともないのですが、
いただいたメールからチャイさんをイメージすると、、、



絶対にチャイさんに違いない!!


100パーセントの確信を持って、

「もしかして、チャイさんですか?」


と、声をかけてみました。


私って、図々しいですよね。
でも、チャイさんでよかった。。。チャイさんがいい人でよかったぁ。
ちゃんとご本人だと答えてくださって!

みなさん、チャイさんに会えましたよ!!


これで、もしも
「いいえ、違いますけど、、、、。」と言われてしまったら。
私は、ただの変なおばちゃんでした。(苦笑)


少しお話しをして、開幕を待ちました。

tenjou.jpg
劇場の内部 アールヌーボー様式の天井




チャイさん、日本からはるばる、強行のブラチスラヴァ2泊。
お疲れ様でした!!
息子さんのバレエはいかがでしたか??





私はまるで自分の息子が活躍しているかのような錯覚に襲われ、
涙なしには観ることができませんでした。

ジャンプやリフトのたびに、「がんばれ!がんばれ!」って、
心の中で叫んでいました。

とっても華やかでチャーミングでな王子様なんですけど、
お顔がお母様そっくりなので、中性的な色気のある不思議な感じもしました。

日本人のプリマちゃんも手足が長くて、さすがに2年目の貫禄がありましたね。


昔の話ですが、独身のころは仕事の関係で、
ロシアのバレエ団の踊りを観るチャンスがありました。
といっても、「白鳥の湖」ですが、
私にとってのバレエはやはり西洋人のものでした。

今回は西洋人だけでなく、そこでアジア人が踊っているのが、
とても新鮮でした。

毎日の生活も視界のほとんどに西洋人の姿ばかりを見ているので、
こんなにたくさんのアジア人を観るのがものすごく久しぶりで、
最初の1幕では、正直言いますと、目がチカチカしていました。

それだけに、2幕の踊りに引き込まれ、
いろいろなものが見れたのは大発見でした。

バレエの面白さ。
楽団の生演奏との一体感、昔読んだバレエ漫画のシーンを思い出したり、
やはり日本人ダンサーの優秀なところと、西洋人との違い。

こんなことを考えながら、あっという間の2時間でした。

お花を渡していただけるようにお願いしておいたら、
ちゃんと最後にYUKIさんに届きましたが、
プリマドンナのアカツカさんに渡した姿に、感動しました。

女性に華を持たせる。
これも男性の重要な仕事ですもんね。
「日本男児!!」って、叫ぼうかと思ったくらいです。


ちなみにですが、
私の知識不足で、お花を用意してしまったのですが、
初演の回でもなかったのに、お届けするのは失礼だったかもしれません。
もしかしたら迷惑をおかけしていたら許してください。
YUKIさん、ごめんなさい!!


チャイさんと一緒に写真を撮るのも忘れてしまい、
ああ、またもや反省。




SND soto
クリスマス市が終わり屋台の解体作業をしていました


でも、日本から家族が駆けつけてくれるその愛情にも感動。
雪のないスロバキアのクリスマスでしたが、
そんな時期に家族が揃うこと、
これがスロバキアでは一番大事なことなんです。

ご両親の愛情を確認できて、
お子様の成長をしっかりと感じることができて、

温かい冬を迎えることができて、よかったですね。

私もその幸せのひとかけらのおすそ分けをいただきました。
ありがとうございました。







この夜は、スロバキアの初雪が積もりました。
1st snow2014
翌日28日の我が家の庭


念願の雪も少し降ったところで、2014年をなんとか過ごすことができました。












ovcy yoroshiku

おあとがよろしいようで。











 




シューベルト記念館(フランツ シューベルト) 

先月まではちょっと仕事があったので、保育園にベンちゃんを送り出すことに
何も抵抗なく、

「行ってくれ~、でなきゃ困るよ~」



と、心の中で叫びながら、笑顔で保育園へ連れて行った。



日本でナタンが通園していたときは、電車通園だったので、ラッシュアワーの中を
「女性専用車両」に乗っての通勤だった。


それに比べりゃ、、、徒歩で通園は天国でっせ。


もちろん、肩車でのご通園。
息子よ、何の不満があろうか?
(46歳にして、まだ馬の役を降りていない私)

さて、少し遠出をしても大丈夫。
仕事にでかけよう!!







2年前だったか、「シューベルト記念館」を訪れた。
うちから車で1時間の距離。

20年くらい前の「地球の歩き方」には掲載されていたが、
最近のものには書いてない。

2年前の写真を探すが、何月だったか覚えていないので、
皆さんにお見せしたい、記念館の全体が、、、ないなぁ。



クラシック音楽と聞いて、読むのを止めてしまう人いますか?


「じゃじゃじゃじゃ~ん」と、言えば、
ベートーベンの「運命」   

とか、


松田聖子ちゃんの「ピンクのモーツアルト」

とか、


日本人にとってもクラシック音楽は結構身近なのでは??



こちらに住んでいて、クラシック音楽が身近だと感じたことは、
ないような気がするけど、

ちょっとラジオのチャンネルをかえれば、いくらでもクラシックは聴ける。
スロバキアラジオ交響楽団の無料公演も2回程聴きに行ったが、
それほど混雑していなくて、大いに満喫したことがある。
(すごく上手だったのも印象的)

以前にも書いたかもしれないが、
小学生の頃の私は音楽家になるのを夢見ていた。
なんの努力もしないで、、、、。


それじゃ無理だということに気がついた頃には、
大人になっていたが。


なぜか、シューベルトが好きだった。
モーツアルトはトランペットの音が嫌いだと言ったし、
ベートーベンは頭がもじゃもじゃで恐い絵ばかりだし。

一番小太りで、やさしそうなお顔のシューベルトに親しみを感じた。


そうだ、何かの曲にホルン(楽器)が使われていて、
私はその音が大好きだったのだ。


ホルンは山の上で羊飼いが羊を集めるために使っているような、
そんな情景が頭に浮かぶから。

ああ、私ってあの頃から「アルプスの少女ハイジ」をひたすら目指していたのかも?

ちなみに、リストの「愛の夢」が大好きで楽譜も買った。
弾けもしないのに、、、。


まあいいや。
ウィーン少年合唱団の入試の願掛けで、お母さんがバターを食べなかったそうだが、
それもなんだか庶民ぽくて、「いい話」として、読んでいたなぁ。

今じゃ、「バター抜きのパン」なんて、想像もできない。
パンとバターのコンビネーション!!

よっぽどシューベルトは期待されていたのか、
さもなくば、他に生活してゆけるような
才能らしきものが無かったり、勉強が苦手だったんだろうなぁ。
母心って、そんなものだよね。


というわけで、小学生だった私は偉人の本は「シューベルト」と「キュリー夫人」が
お気に入りでした。

キュリー夫人もショパンもポーランド人ですね。


クラシック時代って、星がきらめくような、すごい時代だったということでしょうね。
改めておもふ。


話をもどして→
シューベルトは31歳という若さで亡くなってしまうわけですが、
1818年と1824年の2度ほどスロバキアに滞在してました。

今回は館長さんが2年前よりも、かなり前向きに?いろんなお話をしてくださいました。

なんとエステルハージー家の宮殿もみせてくれることになり、
行って見ると、、、



20141003_175142.jpg
ボロボロの屋敷であった



社会主義時代のほうが、管理がしっかりされていた?
1995年まで保育園と使われていたそうだが、その後はいつものやつで、、、
存続してゆく町の財政困難ってことで、朽ちてゆくのを眺めている状態。


シューベルトの住んでいた部屋には当時よりも豪華な家具があるみたいだが、
屋敷全体はやっぱり崩れかけてきているかも?
家の壁にある「ふくろう」の壁絵も色が落ちかかっている。


なんとか修繕できないものかなぁ???
スロバキアの建造物は、「歴史あれどお金なし」で、
とても残念な状態なものが多すぎる。


そんなんで、大歓迎ムードの館長さんと記念館前で撮影しました。

「リハビリ中」でご心配をおかけしました。
特別大サービスです。


どれだけ元気が見ていただきましょう!
めがねの茶色い皮ジャンが私です。

ただいま絶好調!妊婦並みに太っていますが、妊婦ではありません!!

shugo2.jpg
地元の若者と一緒に




この写真の右側に写っているのは、チェコ在住のオペラ歌手の日向野 菜生さん(ひがの なお)です。
ここで来年コンサートができるか下見にいらっしゃいました。


約200年前に、この地にシューベルトがいた。
日本人が遊びに来るなんて、夢にも思わなかっただろうなぁ。


これがツアーのコースになるように、がんばりまっす!
シューベルト記念館が修繕できますように!!