告知忘れてました!「世界ナゼそこに日本人」再放送!! 

読者の皆様、お久しぶりです。
生きています!しっかりと
いろいろと報告のある4月でした。
今回は自分へのメモとして書いてます。


まず、本日4月29日12:55より、昨年出演した「世界ナゼそこに日本人」の再放送が
関東エリアのみありました。
フェースブックで告知したので、こちらに書くのをすっかり忘れてしまった!大ボケの私。

先ほど、高校時代の同級生からメールが来ました!
おーつ!懐かしい!!ありがとう。
どこの旅行会社にお勤めなの?詳細教えてください。。。。
返信用のメールアドレス教えてね


と、ここは私信でして、次のご報告。


今月15日に日本の母が亡くなりました。
ここ3年近く施設に居たのと、声が出せない、字も書けない状態だったので、
音信不通状態で、私のほうも、それなりに仕事があったりして、
日本に一時帰国する余裕がなく、
冷たくなった母に最期のお別れを言うしかありませんでした。

というわけで16日にウィーン空港を出発し、
お通夜、葬式を終えて23日にスロバキアに戻ってきました。

お通夜で、喪主挨拶の弟が、「亡き母」というフレーズを間違えて、
「亡き妻」と言ってしまい、
それまで引き締まっていた私の涙腺が一気に開通。
必死にこらえた笑いは、つい涙となってこぼれました。

姉も弟嫁も、家族席が肩を震わし笑いをこらえるその様子。
想像できますか?


笑顔で母を見送れるなんて、思ってもいなかった。
とても幸せな一瞬でした。

同級生のおかげで、たくさんの友人が駆けつけてくれて、予期せぬ喜びの対面でした。
恩師まで駆けつけてくださり、、、。
先生、お忙しい中ありがとうございました。


調子にのって、せっかくだから会えるだけ、いろんな人に会おうと、
葬式の翌日からは、活動開始。
スロバキア大使館や仕事関連にも挨拶に行きました。

船橋の地元の友達。
いつ会っても「船橋48」になっても、
お馬鹿さは変わらない。

独身時代は、話の内容が恋愛だったり仕事だったのが、
家族がテーマ、子供や仕事に変わっただけ。
悩みはつきないけれど、
考え方、意見はいつまでも同じ目線なのだ。
やっぱり友達。会えてよかった。


旅行専門学校の同級生が急遽集まってくれて。
28年ぶりという人もいるなか、なんでだろうね?
全くあの頃と変わらない笑顔がいっぱい。
人生の苦楽を味わった分だけ、
その瞬間を楽しむ技に、磨きがかかった軍団ともいえる。
シワが増えようが、髪の毛の色や量がかわろうが、
変わらぬ笑顔に違和感のない、
心地よい幸せな時間でした。

本当は5月に同窓会が予定されているのですが、
私はその日は娘のキリスト教の入信式のようなものがあり、
行けないのです。
だから、みんなに会えて嬉しかった。

今回は子供も連れて行かず、単身で日本に行ったので、
自由があった。
青春を謳歌した友達にあえたから、
気持ちも若返った。
迷いのない、まっすぐに未来に向かっていた頃の自分を
映してくれる友達。

1つしか違わないけど、世話を焼いてくれた姉はやっぱり姉であった。
実家を守ってくれている弟夫婦にも大変お世話になりました。

本当は、もっともっと書きたい事があるのだけど、
切がないから、やめておこう。

2週間前に亡くなったお母さん。ごめんね。会いに行けなくて。
間に合わなくてごめんね。
普段は忙しい4月なのに、今年は珍しく仕事がなくって、
奇跡的ともいえるよ。日本に行けたのが。

みんなが言ってくれた、きっとお母さんが
「たまには遊びに帰っておいで」って、私にご褒美をくれたんだって。

友達に会えて楽しかったよ。嬉しかったよ。
最後に私にプレゼントをくれたんだね。
今までで一番うれしいプレゼントだったよ。

これからも、頑張る!
しっかり生きて行くからね。見守っていてね。
私に命をくれてありがとう。