スロバキアのバス移動とビザの昔話 

昨日の久しぶりのバス移動で、いろいろなことを思い出した。


1994年10月にオーストラリアのシドニーを飛び立った私は、愛しのアエロフロート航空で、ブラチスラヴァを目指した。その目的は「もっと愛しのラド様に会いに行くため」だった。

そこで、当然ですが、当時は観光ビザというのが必要でした。

しかし今は、6ヵ月間で90日以内の観光は査証不要。
そして要注意なのだが、スロバキアはシェンゲン協定加盟国である。

なんのこっちゃ?ですね。



*本当に旅行を考えていて、詳しく知る必要がある方は、遠慮なくメールからお問い合わせください。

そして、その昔のルールは「1滞在が30日以内で、ビザの有効期間が90日」だったかな?つまり1ヶ月に一度は国外に出ないといけなかったのです。

また、個人宅に泊まる外国人は、地元の警察の外国人部のようなところに、登録の必要がありました。その地元も広域だったので、そこへの道のりも長かったのですが、、、。本当に、めんどくせ!でしたね。


私の場合、シドニーから直行でスロバキアに入ったため、この査証を首都のキャンベラで発行してもらいました。シドニーとキャンベラはかなり距離があるので、郵送で手続きができ、パスポートと印紙を送り、返送してもらうという作業をしました。




電話でスロバキア大使館に問い合わせをした時に、

「スロバキアに帰った、スロバキア人の彼氏に会いに行く。」と、渡航目的をそのまんま答えたのが好印象だったみたいで、普通は90日有効なのに、私の場合は有効期間180日分もらってしまったのだ。ラッキー?


「そんなことあるかいな!?」って思うでしょ?あったんだよね~、これが。

しかも、査証はゴム印なんだけど、有効期間は手書きで〔180days〕と書かれていて、一度の滞在が〔〕空欄になっているではありませんか!!ということは、30日ごとに外国に行かなくてもいい?ラッキー!

感謝!キャンベラのスロバキア大使館。

と喜んだのも束の間。そんなに物事は自分の都合で上手く行くはずがない。
スロバキア側では、「こんなビザは見たことがない!」

外国警察を逆なでてしまったのだ。

厳しい、厳しい。チェックが厳しい。
「30日ごとに出ないと追放するぞ!」なんて脅されなかったけど、
「このビザは手違いですから、どうか30日ごとに出国してください。さもないと、国外追放です。」くらいかな?

私は私で、スロバキアの事を何も知らないから、自分の権利とばかりに、「でもここは空欄ですから、出なくても罪にはなりませんね。」なんて感じで、ちょっと生意気だったりして。

30日ごとに出国してから、3日以内に警察に行き、パスポートに押された「出国」のスタンプを見せないと、これまた罰金だの、国外追放になるので、本当に大変だった。

ある日のスケジュール

バスで移動→朝5時40分のブラチスラヴァ行きのバス
09:00ブラチスラヴァ到着→10:00発ハインブルグ行き(何もないオーストリアの田舎町)

スロバキアの国境を越える時にスタンプをもらう。
オーストリア入国は日本人は特別チェックなしで、入国のスタンプをもらう。

10:30ハインブルグ到着降車→11:30ハインブルグ発ブラチスラヴァ行き

オーストリア出国は?覚えていないや。スタンプをくれないんだよね。確か西側諸国は。
スロバキアの国境で再び入国のスタンプをもらう。

12:00ブラチスラヴァ到着→13:40発クルピナ行き→17:00到着


ついでにアジアの食品を買いにウイーンに行くときは、ブラチスラヴァのラドの友だちの学生寮の部屋に泊めてもらった。男子の部屋に入って川の字とか十字になって寝てました。もちろん私、ラド、友達の横並びです。

またあるときのスケジュールは

5:40クルピナ出発→09:00ブラチスラヴァ到着
ローカルバスで国境近くまで移動
歩いて国境を越える。徒歩約30~40分。
スタンプをもらいオーストリア国境まで徒歩移動。約5分。
入国のスタンプをもらい、スロバキアへ戻る。
国境でのチェックをいれると、かなり時間がかかる。


また歩いてバス乗り場まで戻る。遠いので、ヒッチハイクする。大抵乗せてくれる。
私一人じゃなくて、もちろんラド様と一緒でした。

これが、冬だと、寒くて寒くて、泣きながら歩いてました。バスに乗るのは、お金がかかったし。オーストリアに行っても、気分は「資本主義」を味わえるけど、スロバキアに戻るときは、少しさびしかったりね。

実際、クルピナはハンガリーに近かったので、
こんなスケジュールも

電車に乗って30分。国境のある町に行き、歩いて国境を越えて、歩いて戻ってくる。そして、また30分かけて電車で戻る。

でも、ハンガリーだと、外国に行く喜びがないし、クルピナの田舎に飽きていた私は、ブラチスラヴァやオーストリアを歩き、開放感を味わっていた。


そのなつかしのルートをたどり、また明日ウイーン空港に行ってきます。

今度は何を思い出すのだろう?





さて、明日から旅に出てきます。子供たちも来週1週間は春休みです。途中でブログが書けるかわかりませんが、お休みしているようでしたら、「ポンセ、忙しくしてるんだろうなぁ。」って、思ってください。書かないと、脳みそがムズムズするので、なるべく書くように努力してますね。

では、皆さんも良い週末を!!





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コメント

mizokichiさん

コメントありがとうございます。
本当に毎日、記憶がなくなるくらい、激務しています。

中国とかなりいい勝負ですよ。笑っちゃいますけどね。

なんだか”イミシン”にかな?

まいど

ああ、それいい思い出になりますね。
絶対に…。
苦労した恋愛は最後はいい思い出になるらしいですよ。
だけど国をまたいだ恋愛は、苦労が多いだけ幸せな事も人一倍幸せに感じるんでしょうね。
では旅行でいろいろ思い出して、
またブログ書いてくださいね~。
では私も明日から苦労の連続の
中国へ行ってきます(笑)

Kaoちゃん

私、どこだと思う。お宅の近所にいるよ。今日もお泊り。大変よ。仕事!というかね、、、、。いつかみんなに話そうと思うので、乞うご期待!!

国境がまだあったころって、えらく苦労したよね・・私よりはポンセさんのほうが苦労してると思うけど。

オーストリアに入ると何もかも色が鮮やかに見えてしょうがなかったよ。スロバキアは灰色で、入った瞬間。気分もどんよりしてたわ。国境警察も怖かったしね・・・・

1週間旅行ってどこに旅立つんだ?
まー、しっかりリラックスしてリフレッシュして帰ってきておくれ!

ばた

あのときの写真ってさ、今でも色あせないよ。

アエロフロートがシドニーに飛んでいる方が驚きだったけどね。

予約もさ、東京のオフィスに連絡して、キャンセル待ちのプッシュしてもらったら、乗った飛行機は、シニアのオリンピック選手の専用便みたいなもので、他所のもは私一人だったよ。

ロシア人に酒を注がれて、飲みまくって、タラップを降りるときに、階段で転んだよ。

ホント、やっぱり若かったってことよね。

こっち、今日からまた雪みたい。でも、イースターも近いから、暦ではもうすぐ春だね。

えこちゃん

Krupina発のブラチスラヴァ行きは一日1本で、何十年も同じ時間って、決まってるからね。それに、それを逃すと、経由で帰るしかない。それが辛いのよ。長距離は。冬は特にね。トイレが、、、。
おいしいコーヒーに炭酸入りの水が出てくるオーストリアのカフェ。泥コーヒーしかないスロバキア。本当に、オーストリアはリラックスタイムだったよ。国境までは遠くて、ヒッチハイクを何度も試みたりね。若かったんだもん。17年前と、そんなに変わってないと思うから。今度ぜひ、出逢いましょ!

見送ったよなぁ、そのアエロフロート、シドニー空港で。

ポンセには成田で見送ってもらったよね。

あっという間だね。。。

どちらに旅行?楽しんできてね。

そっちはもう春休みなの?まだ冬のイメージだけど。

ポンセさんの記憶ってどーなってるの?
17年前のこと時間までそんなに鮮明に覚えてるの~?
ワタシ、5年前に初めてスロバキア行ったけど、
もう時間なんて覚えてないよ。
25才くらいだよね?ポンセさん当時。
やっぱり若いってすごいよね。
17年前にポンセさんに会ってみたかったな!笑


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