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ろうあ者に接して 

すっかり落ち着いて、以前の生活が戻りつつあります。デフリンピックの日本チームと過ごした1週間は、私にとっては、久しぶりの日本語三昧の生活だったので、気持ちの上で、かなりリラックスしていたにちがいない。

しかし、気がつけば、スロバキア人に日本語で話しかけたり、日本人に英語で話しかけたり、下手なスロバキア語で独り言をつぶやいていたり、私の頭は浮遊状態。その上、改革的言語の手話が混じり、私は世界の中のどの辺に、立っているのだろう?というくらい、外国人の気分を味わっていた。


手話を知らない人間が、手話だけを話す人に混じる。その言語がわからないので、ただ見ているしかない。あとは、紙とペンを用意して、訳を書いてもらうしかないのだ。その中にいると、完璧仲間はずれの気分を味わう。別に悪いことじゃないし、悪い意味ではありません。どっちがよくて、悪いとか、そういうのを決めるんじゃないよ。少しの疎外感。これが、久しく感じていなかった感覚だから。

ああ、この感覚、どこかで体験したよなぁ。ホント、スロバキアに来たときの私だわ。

それにしても、40年以上も生きてきて、なんで私、手話に接する機会がなかったんだろう?

今回のことで、私の周囲に「手話やろうあ者に接する機会がある人、あった人がいるんだ!」という事実に驚いた。そういえば、母が耳が悪くなった時、市民の「手話講座」にでかけたが、母曰く「あれは、もともと聴こえない、話が出来ない人のための講座だから、私みたいに途中から聞こえなくなった人間には合わない。」というようなことを言っていた。

皆さんの実生活で、手話を使うこと、ろうあ者に接することなんて、ありますか?

ろうあ者といっても、いろいろなんですよ。これが。しったかぶってません。見てきた事実のみを話しますよ。

たとえば、全く聴こえない人。補聴器をつけている人。喋りながら手話するひと。口を開かないで手話する人。聴こえないけど、相手が理解できるくらい話が出来る人。

個性というよりは、幼いころからの環境やもちろん耳などの症状によって、その人の手話スタイルができあがったのかな?という印象を受けた。

そして、「あの人は難聴よ。」という言い方もあったので、カテゴリーに分けると、かなりその幅は広がる気がする。

びっくりしたのは、若い選手で普通高校出身者がいたこと。どうやって授業とか習ったんだろう?きっと、口を読むんだろうなぁ。少しは聴こえるのかなぁ?だって、この人たちは、わりとちゃんと話ができるんだもの。私には「すごい!」って、感動ものでした。そしてすっかり親の立場に立ってしまうのだが、「ご両親や周囲の協力と本人の努力があったからこそ、ここまでこれたんだろうなぁ。」と、単純だが感心感動してしまった。「愛注がれてるぞ!!」って、何度も心の中で思った。

障害者スポーツは3つ分かれている。

①知的障害
②身体障害
③ろうあ

この上の二つは、パラリンピックに参加し、③はデフリンピックに属する。といっても、ろうあ者がパラリンピックに出場することももちろん可能らしい。

選手の状態によって、カテゴリー別でメダルを競う。


ろうあの選手が健聴者・健常者の試合に参加することもあるそうです。しかし、彼ら曰く、「限界が見えている。」と。それは、耳という情報源が使えないことによって、風の強弱、音が聞こえないとか、平衡感覚が悪いとか、選手にとって、必要なものを得ることが出来ないハンデがあるから。いくら運動神経がよくても、健常者と競い合うには「限界」とがあると。なるほどね。

まあ、話を戻しますね。

手話(ろうあ)の世界には、やはりそう簡単に入り込むことはできず、ちょっとした孤独感と、何かが通じたときの喜びを味わいつつ、決して表面だけではわからない、複雑で独特な世界観があり、今までに知ることのなかった別世界を見てしまったのだが、まだまだ謎の世界に足を踏み入れるところまで行かなかったなあ。

結論が情けない発言になってしまうのだが、本当にこれが実感なのである。














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コメント

とても難しい問題。

私たちの時代は、のりピーの「星の金貨」というドラマがあって、(私は仕事をしていて、見たことがないけど。)あの頃から、なんとなく手話が流行して、身近になってきましたよね。うちの子供たちは、日本の小学校で「さんぽ」というトロロのテーマソングを手話で習ってきましたよ。

障害者と接する機会が、幼い頃からもっと身近に、あればいいのだけど。
実際、日本の小学校はクラスに障害者がいることもあるので、こちらに比べてはもっと身近なのかもしれない。スロバキアでは、小学校に入学する時に、完全に別々になります。

実は、デフリンピック中止で、デフリンピック協会のホームページのアクセスが1日で6000件を超えたそうです。これは、予想外の嬉しい報告を選手も「すげ~、わお~。」って、喜んでいました。

世界は一つじゃないんですよね。笑っちゃけど、現実はそんな感じです。
何を書いているのだろう?
ああ、難しい問題です。

ここにも

耳が不自由な方と手話で接したことは私もないです。
友達に体の不自由な奴がいるので、
その大変さは分かってはいるつもりなんですが、やはり本人は僕らが考えるよりもいろいろ苦労をしてるんだと思います。
まあ、友達なんで、特に気を遣わないで普通に接していますが。
恐らく自分は、そいつの本当の苦労は分かっていないと思います。

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