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いづみさん、安らかにお眠りください。 

この数日間、PCでNHKの生放送を見ているのだが、時間の経過とともに、気持ちが沈み、気力がわかない。遠すぎる日本に私はどうやって、手を差しのべればよいのだろう?日本にいても、ボランティアに参加などできないだろうし、きっと、やはりテレビを見ているのかもしれない。節電なのだから、テレビは消して、ラジオでその様子を知るように、心がけるとか、きっとそんなことが精一杯の私だと思う。


今日、Facebookで見つけた、知人の死。どうして、こんな形でこうなってしまったのか、無念でならない。

もうかれこれ、10年以上も前に知り合った方で、小池いづみさんといいました。最近結婚されたのも知らなかったので、考えてみたら、もう4年くらい前にお会いしたのが最後だった。

小池いづみさんというほうが、スロバキアと日本を行き来する皆さんには、わかりやすいと思う。
「スロバックモール」というホームページでスロバキアと日本を結びつけた、ものすごい功労者だといえる。

「最初はね、大学生時代の友だちにスロバキア人の男の子がいてね、文通で交流をしていたの。スロバキア人の絵を売って欲しいと、頼まれたのがきっかけで、スロバックモールを始めたのよ。」
そんないきさつを「さら」っと、話してくださった。


しばらくして、野迫川村との交流が始まり、日本の中学生がハイタトラスの村でホームステイをするようになった。そこには必ず小池さんが同行していた。緊張する中学生の姿や、たくましくなって帰ってくる学生の様子を優しい目線でリポートしている。


スロバキアのワインを日本に輸入して販売したり、「カリチカ」という掲示板で、誰も知らないスロバキアについてを語る場を提供してくれたり、とにかく、「スロバキアといえば、スロバックモール」だったし、スロバキアといえば、「小池さん」というのが、今でも続いていた。


私も、4年くらい前に旅行博に仕事の合間を縫って、のぞきに行ったとき、偶然というか必然であろう、小池さんにばったり会った。お互いに、「スロバキア」が合言葉だから、そのブースで会うのも当然なのだが。相変わらず、明るく「さらっと」近況を話してくれた。その後ろ姿には、やる気がみなぎっていた。


先日のデフリンピックのときに、ハイタトラスに行くのだから、「小池さんに挨拶しておこうかな?」と、頭をよぎった。小池さんの交流の成果があって、野迫川村とヴィソケータトリ市は姉妹都市になっている。しかし、中止になるかもしれないデフリンピックだったので、迷惑や負担になると申し訳ないからと、躊躇してしまった。あれは失敗だった。今更、後悔しても仕方がないのだが。





3月11日に九段会館で行われた東京観光専門学校の卒業式で50代の女性が2人亡くなりました。そのうちの一人がこのいづみさんでした。

非常勤の講師とのことなので、PCを教えていたのでしょうね。私の母校ではありませんが、旅行の専門学校だったので、ちょっと気にはなりました。正直、「生徒が亡くならないでよかった。」と、思いましたが、いや違いました。ごめんなさい。

「誰も、亡くなるべきではなかった。」のです。



いづみさんと知り合った時、「結婚はね、しなくてもいいの。子供は欲しいかな?もうラストチャンスよね。パートナーはいるんだけどね。」なんて、おっしゃってましたけど、最近結婚したとのことで、これもビックリしました。知っていれば、メールを送るきっかけになったのに、残念に思います。



多くの人との出会いがあって、その中で、わずかですが、最後に会えない別れをいくつか経験しました。


小池さんは私に励ましの言葉をくれました。当時はスロバキアに来て、3年くらいの頃だったかな?仕事がしたくて、何かがしたくてたまらなかった私に、

「焦らなくてもいいのよ。できることをやればいい。そして、急ぐ必要はないの。ゆっくりと、長く、続けることが大切なのよ。私もそうやって、ここまで来たわ。」


子供ができて、何かがどうしても出来なくなったとき、いつもこの言葉をかみ締めていた。「長く続けることが大切なんだ。」そればかりを繰り返し、自分に言い聞かせる。だから、未だに形にならない私がいるのだが。


言い訳のひとつを、私の休憩ポイントが小池さんの言葉である。私はこの言葉に何度も救われている。そして、最近のデフリンピックで、「やっと小池さんに連絡が取れる!」と、思った矢先のことである。


会社を辞めてから、上司と呼ぶひとはいないし、人生の先輩との出会いだって、なかなか無い。しかし、「スロバキア」というキーワードでこうやって知り合った、「私のちょっと先を歩く人」に出会えて、それは、少しの目標であり、おこがましいが同志であったり、師でもあったりして、わたしの心を支えてくれていたのは事実だった。



東京では5人の方が亡くなったそうです。どうして、いづみさんだったの?どうして、その中にいるのですか?
どうして天井が落ちてきたの?天使は守ってくれなかったの?


小池さんは、近年のスロバキアと日本を結んだ、第一人者です。ありがとうございました。私たちもこれから、その意志を引き継いでゆきます。

どうぞ、安らかにお眠りください。
合掌

ポンセより









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コメント

姪さん、ありがとうございます。

いづみさんの姪さんから、メールをいただきました。

計画停電で告別式のみだったようですが、家族皆さんで送りだすことが出来たことを、お知らせいただきました。
ありがとうございます。

昨日は、スロバキアのテレビでもいづみさんについて、少し放送があった様子です。

ブラチスラヴァの日本大使館前で、被災者への追悼式もあったそうです。





B9MOMさん

心が落ち着くコメントありがとうございます。
小池さんて、小柄なんだけど、笑顔がかわいい、頭のよい人で、ホンワカしている感じだけど、本当にバイタリティーがあったんです。

「何事にも一生懸命に生きてきたんだろうなぁ。」つくづくと思います。

天国かぁ、さびしいけど、見守っていて欲しいです。
こういうときは、「ご冥福をお祈りします。」としか、言葉がないですよね。ホント。。。

B9MOMさん、ありがとう!

こんにちは。

お友達さんのご冥福をお祈り申し上げます。

人間の人生、生まれた時には、もう死ぬ日が決められていると母から教わって生きてきました。小池さんの人生も運命的なものだったのかもしれませんね。ポンセさんのお話しを聞いている限り、小池さんとてもバイタリティーに溢れた方のようですから、天国にいっても皆さんのために頑張っている事と思います。

mizokichさん、iありがとうございます。

ここは日本から遠く、時間がゆっくりと過ぎています。日本のニュースを見ていると、あっという間に1日が終わります。

地震で亡くなった方々は戻って来ませんよね。

「元気だそう!」本当に、そう思います。辛いのは私じゃなくて、日本にいる方ですもんね。何ができるか、今一度、考えてみます。

mizokichiさんも、精一杯がんばってください。「おばちゃん&おっちゃんパワー」ですね!

こんばんは

そうですか…。
お悔み申し上げます。
お知り合いだったんですね。
東北ではなく東京で、ですか…。
東北の方々の被災は語るまでもないのですが、東京も確かに凄かったです。
関東も何人も無くなられてるんですよね。
地震を無くすことは残念ながら出来ないけど、人災みたいなものだけは何としても無くさないといけませんね。
ポンセさん、元気を出してくださいね。

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