畑を耕しながら<宮沢賢治のつづき> 

やっと暖かくなったので、3日間くらい集中して、畑作りを終えた。種を植えようと、やっと買って来たら、寒風が吹き荒れて始め、これまた3日間ほど、何も出来ない日が続いている。

宮沢賢治について、書きたいことが沢山ありすぎて、頭のなかでまとめができない。
しまった!「つづき」にしなければよかった。

後悔していたら、あっという間に1週間が経ってしまった。


さて、今年も家庭菜園をやるぞ!と、豊作を願って、ひたすら畑を耕した。何かを植えた土地は、秋に堀起こして、ウサギの糞を埋めたりしたので、手入れがしやすい。雑草をぬいて、平坦にしてゆく。しかし、今年広げたい土地は、今まで何も植えてなかった雑草の生え放題の荒地。これをスコップで掘るのだが、雑草の覆い茂る硬い固まりを、切ってひっくり返す。少し乾いたら、スコップやクワで叩いて、土と雑草に分ける。


去年、一昨年と2回は私がひたすら耕していたが、今年はとうとうラドママが呆れた。「これは、力仕事で男の仕事なの。嫁がやるのを待ち構えているの?」と、ラドにクレームをつけた。
(知らなかったよ。これって男の仕事だったんだ!!)

苦痛から開放された気持ちにはなった。甘えましょう。やっていただきましょう。
しかし、なかなか作業がはかどらない。そう、彼らにとっても、あまり楽しい作業ではないらしい。結局、去年のスペースから、3mx10mも広がっていないんじゃないの?トウモロコシを増やしたいんだってば!!


こんなことくらいで、弱音を吐いている私なのだが、宮沢賢治の農学校の先生時代のエピソードを読み、そういえば習ったような?

<イーハトーヴの夢> 畑山 博 

また賢治は春、生徒たちと田植えをしたとき、田んぼの真ん中に、ひまわりの種を一つぶ植えたこともあった。すると真夏、辺り一面ただ平凡な緑の中に、それが見事に花を開く。「田んぼが、詩に書かれた田んぼのように、かがやいて見えましたよ。」と、昔の教え子たちが言う。

苦しい農作業の中に、楽しさを見つける。工夫することに、喜びを見つける。そうして、未来に希望をもつ。それが、先生としての賢治の理想だった。

暴れる自然に勝つためには、みんなで力をあわせなければならない。力を合わせるには、たがいにやさしい心が通いあっていなければならない。そのやさしさを人々に育ててもらうために、賢治はたくさんの詩や童話を書いた。

「風の又三郎」「グスコーブドリの伝記」「セロ弾きのゴーシュ」、そして「やまなし」。




知らなかったよ。そうなんだぁ。アッ、言いましたよね。私、文盲なんです。
習ったのかもしれないけど、イーハトーヴという物語の舞台も岩手県なんですね。



賢治がイーハトーヴの物語を通して追い求めた理想。それは、人間がみんな人間らしい生き方ができる社会だ。それだけでなく、人間も動物も植物も、たがいに心通い合うような世界が、賢治の夢だった。




話が飛ぶ。ニコライが小学5年生の時に、宿題で「雨ニモマケズ」の暗記、というのがあった。日本に引っ越してきたばかりの彼には、「????」と、外国語だったに違いないが、とにかく大雑把に説明しながら、暗記をさせたことがある。

私は中学生の何年せいだったか覚えていないが、やはりこの詩を習ったのだが、作者の言っていることが、なんだか偽善者っぽくて、すごく納得のいかない部分があった。

「みんなに木偶の坊とよばれ」

何度か読み込んで、先生が「質問があるか?」とか何か生徒に問いかけたけど、誰も手を挙げないし、何も答えなかった。私は、この「木偶の坊」が、どうも理解できなかった。つい、ため息を漏らしたか、不快な顔をしたらしく、国語の先生がちょっと怒り気味に私を指名したような気がする。
 
「なんだ?なにか言いたいことでもあるのか?」

「、、、、。う~ん。この人がいい人だとうことは理解できるけど、私ならみんなから木偶の坊とは呼ばれたくないなぁ。」

そんなことを発表でもなければ、意見なのか?グチなのか?自分でもよくわからないが、率直な気持ちを吐き出した気がする。クラスの何か張り詰めていた雰囲気から、私の突拍子もない発言で、先生は大笑いをした。

「だって、先生。いいことをしているのに、自分を木偶の坊って、呼んで欲しいですか?なんだか偽善者っぽいような感じで、私だったら、そういう人にはなりたくない!です。」

この詩の最後と、頭の中が上手く結びつかないのだ。

こういう発言しちゃう時があったのよね。私の若い頃。先生は苦笑せず、真面目に答えてくれようとしたが、チャイムが鳴って、うやむやになってしまったような記憶。だから、私はその部分を未だに、納得いかないまま、大人になり、こうやって、宮沢賢治と再会してしまったのだ。


1ヶ月前の地震で、岩手県もすさまじい被害に遭い、大勢の命も奪われた。今、東北にいる人や岩手県の被害の大きかったところにいる人たちは、当時の宮沢賢治と同じような気持ちに違いない。

私には偽善に感じていたことは、宮沢賢治が本当に理想として、思い描いていたものなのだ。時代の流れは賢治の理想と違う方向に進んでいき、合理化が良しとされた。その合理化のなかで成長した私には、理解できるはずのない考え方だった。簡単に言えば、「時代の違い」なのだ。

宮沢賢治の言いたかったことがわかる時が来た。(やっと!)私が中学生から、少しだけ大人になったこともあるだろうが、この東北地震、震災で、賢治の過ごした時代背景と、考え方が私の頭の中で合致した。

人々が正直に生きていた時代。人間が助け合って生きていた時代。
賢治が理想としてた<イーハトーヴ>が、幸か不幸か、今、作り上げられている。


<<番外>>

岩手県の地図が見たくて、岩手県のホームページを訪問しました。地方の自治体も復旧にむけて、がんばっていることが、はっきりと感じることができました。とても力強く、たくましい岩手県です。

岩手県のホームページ



「雨ニモマケズ」での「木偶の坊」は、産地、特産品の「こけし」を意味するみたいですね。みんなにとっての「癒し」とでも言いましょうか、詩にでてくる、「いつも静かにわらっている」という表現に近いのでしょう。




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コメント

B9MOMさん

年齢と出産回数のためか、お腹が大きくなるのが早いみたいで、お腹から太るんですよ。たるみのある部分には、脂肪のつき方が早い?

だから畑作業で運動しないと、ただのデブになりそうです。
もう、なんでも「よっこらしょ。」って、言いながら作業する年齢だしね。

ここは田舎なので、主婦で畑すら作っていないとなると、世間体が悪くて、、、、。笑えるでしょ?

こんばんは!

妊婦さんで畑を耕したりは大変ですよね。義母様の仰る通り、畑は男の仕事!男性にお願いしたいもんですね!ウチには畑ないけれど、ウチの旦那だったら頼んでも何もしないでしょうけど・・・

岩手県の皆さん、頑張って乗り切っていらっしゃいますね。時間は掛かっても、平穏な生活が戻って来る日まで、頑張ってほしいですね!

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