すごい?(感覚の)いとこ達 その3 

ヒッピーを知らない人には、浮浪者?って、思ってしまうかもしれないが、ヒッピーには理想ある。

よかったら、こちらをクリックして、「ヒッピー」についての解釈を読んでください。
ヒッピーとは?

ちなみに、そこにある写真はラドのいとこにそっくりです!

兵役を避け、学生の身分を捨て、家を出ることで、しがらみから逃れた彼は、スペインの島を目指した。25歳の彼は、スペインのある島でポルトガル人の18歳の女の子と出会い、子どもをもうけた。

彼の弟も大学には行かず、ヨーロッパ放浪の旅に出た。彼の姉であるMも、時に同行し、スペインの島を目指した。

器用な3兄弟は、音楽やジャングラーなどを見せて、旅行客相手にお金を稼いだり、木彫りの土産品などを作って売ったりしていた。そういう、生活が成り立っていた。

彼らの生活は、手紙や電話などで、両親も知っていた。写真も送られてきた。そんな不安定な職で、どんな住居なんだろう?
誰もが不思議に思っていた。そう、彼らは洞窟で生活していた。確か、長女の出産は、かろうじて病院で産んだような?それとも、ポルトガルの実家?彼女も家出をしていたはずだから、実家には帰っていないはず。産んですぐに、洞窟で「島」の生活を送っていたような気がする。

その写真を初めて見たとき、誰もがショックを受けた。笑うに笑えなかった。苦笑すら漏らせない。見てしまったことが罪のようにも感じた。

褐色の肌に、パンツ姿の男性。赤ちゃんを抱え、ビキニに腰巻をしている女性。鼻にはピアス、髪の毛はレゲエのトラッドヘアー。電気もなく、火をたき、水はくんでくる。そんな生活をしていると、ラドママの姉であるEは説明した。

時間が前後するが、赤ちゃんが生まれて数ヶ月過ぎたとき、長男夫婦がスロバキアに戻ってくると連絡があった。ちょうど、私の両親が日本から初めてスロバキアに遊びに来ていた。村でグラーシュパーテイーを開いてもらったときに、Eの家に泊めてもらい、我が家もお世話になった。

その数日後に、彼らが帰ってくるので、「空港まで迎えに行ってもらえないか?」と、連絡が来た。もちろん、お金がないので、「長男はヒッチハイクで帰ってくるが、奥さんと赤ちゃんは飛行機でミュンヘンに到着する。」とのことだった。

ブラチスラヴァからミュンヘンは700km以上あるんですよ!!でも、親戚の頼みは、困っている人の頼みは、断らないのがラドママ一家の良いところである。そうやって、助け合ってゆくのが当然だからだ。敬虔なクリスチャン達であるが、これはキリスト教の教えとは関係なく、そういう優しい家族なのだ。11人兄弟だもの、今までも助け合って生きてきたんだから。

ラド行ったよ。Eおばさんと二人で、はるばる700キロを、あの時はフィアットプントの新車だったからなあ。

私の日本から来た義両親を残して、まあ、こちらは水入らずで時間を潰したけど、本当だったら、ウイーンとかブダペストとか観光に行く予定だったけど。当時、ラドも会社員だったから、予定していた夏休みを使わされた気がして、私はちょっと機嫌を悪くしたが、両親も「運転する本人が大変じゃない。」と、私を叱ってくれたので、皆が納得して無事に帰ってくるのを待っていた。

夜遅く、ラドが戻ってきた。赤ちゃんも若い母親もEおばさんもいない。

なんと、若い母親は赤ちゃんのパスポートを持っていなかったのだ。ビザもなく、ウイーンの国境で判明。スロバキアに入国することができなかったのだ。

ポルトガル人の彼女は、ヨーロッパ内を自由に行き来できる。しかし、その頃、スロバキアはまだシェンゲン協定国ではなく、EU加盟国でもなく、ビザの取得が必要な、社会主義国のシステムをそのまま残していた。

なんてこった!!

翌日、ラドママ兄弟が知恵を出し合い、ウイーンの知人に助けてもらいながら、Eおばさんがウイーンにあるスロバキア大使館に直訴して、その日のうちにスロバキアに入国できるようになった。

それでも、夕刻8時ごろにブラチスラヴァに到着した。
誰もが胸をなでおろし、ぐっすりと眠る赤ちゃんの顔を見てホッとした。

初めて会う、Eおばさんの嫁、Mは、英語も話、「あなたの旦那さんには大変お世話になりました。おかげさまで、スロバキアに入国できたわ。ありがとう!」と、お礼を言ってくれた。私も、その言葉で助かった気がした。


数日後、私の両親は日本に帰って行った。母が体調を崩し、ウイーンに3泊入院したり、父だけ日本に先に帰したり、私も忙しくしていた。久しぶりに田舎にもどり、おばあちゃんの家に行ったとき、Eおばさんと長男いとこ夫婦が赤ちゃんを連れて来ていた。

ラドの弟もそこに居た。なぜか、ラドはその場に居なかったなあ。

改めて、「ようこそスロバキアへ!!お帰り!!」なんて、久しぶりの再会の挨拶をした。

ちょっと長くなっちゃったので、また次回へつづく。


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コメント

ばた

久しぶり!この間、やっとシドニーで一緒に生活していた友達と何年ぶりかに連絡が取れたんだよ!嬉しかったよ。

ところで、その洞窟生活って、
「ヒッピー」以外、思い浮かばないよ。または、「CAVE MAN」??あはは。

シドニーにもいるの?ビーチのそばのブッシュで暮らす、、、ブッシュマンじゃん!

日本の実家の海岸そばにもいそうだね。それこそ田舎だから、「知らない人が海の近くに住んでいる。」って、すぐに知れ渡るでしょ?日本はそうじゃないのかな?

スペインの島の洞窟生活の写真が見たいぞ。最近知ったけど、そういう人達多いんだね。海際の崖のへこんだとこで生活する人達にちゃんと英語で名称がついてたぞ。公認すんなよなーと思ってしまいました。

らぴ!アドレス発見したよ!

らぴ!コメントありがとう。

これから、腹の立った思いでを書くところだったんだけどさ、あまりにながくなりそうだったから、また「つづき」にしちゃったよ。

この人たちの感覚って、もう理解????なんだけど、助け合うって、こういうことかい?と、疑問に感じることもある。

やっぱり私は日本人で、そういうことを頭が自動計算しちゃうしね。


ブログ訪問、おじゃましまーす!

うふふ(笑)
またもや、パスポートを持たずに突撃旅行!ですかい!

日本は島国だから、「とりあえず、旅行と言えばパスポート!」って言う感覚だもんね。

なんか、ポンセのいる世界って、いろんな意味で「広い」んだな~~って思うよ。
「親戚」が多いのもステキ。
そして親戚の為に労を惜しまないラドさん家族も、とってもステキだね。
続きも楽しみにしています。

追伸:私のブログのアドレスは、↓私の名前の横のURLに入れてあるよん。
すんごい狭い世界の話だけど(笑)良かったら遊びに来てね。

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