スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「すごい!?いとこたち」 最後にします。 

mizokichiさんのコメントを読んで、なぜか妙に納得。

「そう、いるわな、こういう非常識人間たち」


初めから、そういうスタンスでお付き合いすれば良いのだ。親切にしすぎたり、気に留めてしまったりするから、相手の反応が私の期待と違うと、腹がたったり、不快な気持ちになるのだ。


「まあ、彼らだし。」

今度から、何かあったら、そう思うことにした。
そうしたら、きっと心がイライラとか、気持ちが消耗することもないのだ。期待しちゃいけない。
ちょっと、人間同士のお付き合いとしては、冷たいかもしれねいが、時として、必要だったりするのだもん。自己防衛の一つだわ。


今日で、このいとこの話題は最後にする。

いとこ長男夫婦。スペインの洞窟から、他人の家の土地に引っ越した。まるでサーカスのような形のテントを立てて暮らしていたが、さすがに立ち退きを迫られ、久しぶりにスロバキアに戻ってきた。それまでに、父親が亡くなり葬式にすら戻ってこなかったのだが、今回は仕方がなかったのだろう。彼らもうちと同じで、子供4人を抱えている。やはりパスポート無しで、一家揃って飛行機に乗って、堂々と帰ってきた。

いとこの兵役問題については、現在スロバキアは兵役制度が無くなったので、何も問われることはない。健康保険が金銭的な問題なのだが、それよりも大きな問題は、子供を学校に通わせていないことだ。
スペインでも小学校に入れず、自宅で勉強をさせていたらしい。一年に一度は役所から子供の能力を確認しに、役人がやってきたらしいが、特別問題もなかったと。

子供たちは11歳を筆頭に、10歳、8歳、4歳くらいだが、スロバキア語も会話は成り立つ。スペイン語はもちろんペラペラだし、学校に行くなんて、さらさら考えはない。11歳の女の子は、学校に行ったらこちらの言葉を良く知らないから、虐められるに違いないと思っているらしい。スロバキアの学校に通う予定はないそうだ。

そして、家族の目標は南米に行くことだそうだ。今だに無法地帯の国に行けば、義務教育という難題から逃れられると。
本当にそんな考えで南米行きを夢見ているのか、私は尋ねる気もない。

とりあえず、今年の夏はスロバキアに滞在するらしい。秋には南米に行く。その資金は、母親であるEのおばさんが出すそうだ。


長女Mの場合、旦那さんがアメリカ人ということで、安易に「よかったじゃん。」と思ってしまったのだが、どうも年齢は私よりも上で、ドイツに前妻と子供がいるのだそうだ。そして、なぜヨーロッパ内の移動を恐れるかというと、パスポートの期限が切れていて、もう、何年間にも及ぶ不法滞在をしているらしい。決まった職があるわけでもないアメリカ人。ヨーロッパでの滞在の権利がないのだ。主張の方法はあるのだろうが、罰金と強制国外退去を恐れている。

どんな婚姻関係か、籍は?など、謎だらけだけど、私には「関知する必要がない。」彼女が必要な時に、求められたら、できる範囲で助けの手を差し出せばいい。


次男Mの場合、あまりここに書かなかったが、彼も何かを背負っている。何才の頃の話だったか忘れてしまったが、19歳の女の子を妊娠させてしまったことがある。同じ村の200mくらい離れた家の子。幼なじみといえば、そうなるのかもしれないが、たまたま旅から戻って来た時に、そうなってしまった。彼女は父親はMだと言い張ったが、本人は「あいつの相手は自分一人じゃない。」と、認めなかった。それから、しばらくまた、旅に出てしまった。そう、現実から逃げたのだ。

子供が生まれてDNA鑑定をしたら、「99パーセントの確率でMが父親である。」と、結果が出た。潔く戻って来たし、話し合って結婚を前提に一緒に暮らしてみたが、やはり「彼女とは合わない。」という理由で、家族にはならず、「父親」になった。彼女の実家がしっかりしているから、そんな「父親」は必要ではないのだが、その子供も、11歳。同じ村だから、顔を会わすし、父親の事もしっている。親戚のおじさんみたいな感じで付き合いは続いている。

再び、Mは旅に出たり、戻ってきたりを繰り返したが、2年くらい前に、サラエボ出身の女性と結婚した。戦争中の厳しい中で生きてきた強い女性だ。とても器用で、手作りでアイスクリームをご馳走してくれたり、パンを焼いたり、このスロバキアよりも、もっとシンプルな生活をしていたことが想像できる。今はスロバキアのパスポートが取れたので、ヨーロッパ内を自由に行き来でいるようになった。2人は頻繁にいろいろなところへ出かける。

スロバキア内の生活は、Mが土産品のような、アートのようなものを作り、売っている。実家の村からは離れて、遠くの村に小屋を借りて、ひっそりと暮らしているらしいが、時々戻ってくる。

「昨日はアムステルダムで、一昨日はベルリンにいたわ。明日はイタリアに行くみたい。」とEおばさんはのんきに答える。そんなお金、どこから湧き出てくるの?真面目に思う。彼の作品がそれほど高値で売れるとは思えない。大きな声では言えないが、何かのデイーラーでは?と、私は密かに疑っている。



私は、この3人もEおばさんも嫌いじゃない。好きだ。

しかし、この先、Eおばさんが今までのように涙を流すことがあるのは、近くにいる者としては、見るのが辛い。もちろん、そんな子供に育ったのは、おじさん、おばさんの教育だったり、本人たちの持っていた素質、性質なのだが、それでも、やはり人の親になって、生きているのだから、「ここだけは、妥協だとしても、我慢してやってほしい。」という事がある。

私は父親の死に目に会えなかったから、あまりエラそうにも言えないのだが、Jおじさんが危篤の時、「お金がないから戻れない。」と葬式にも帰って来なかった長男。危篤とわかっているのに、旅に出た次男。
Eおばさんが、不憫でならなかった。


幸い、ラドママの兄弟は多いから、みんながそばにいてくれて、おばさんも一人ではない。今は、3家族がEおばさんの家に集合して、生活している。しかし、この夏が過ぎると、みな、村を離れ、自分のすみかにもどるのだ。


私だって、人の事は言えない、十分承知している。だから、何も言わない。親戚の誰もがそうなんだと思う。
日本の母を思うと、彼らのことを非難できる立場でもないもんね。良くわかっているよ。

今が彼らにできる、精一杯の親孝行タイムであることもね。


関連記事

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://sukisukislovakia.blog135.fc2.com/tb.php/153-043f90ed

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。