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悲しい知らせ 

今日は、イースターマンデーということで、恒例の「水掛けの日」なのですが、夫がイギリスに居るため、それほど恐れることなく、穏やかな朝を迎えた。いつもは、朝6時に冷蔵庫から、2リットルのジュースのボトルを取り出し、キャップには穴を開けてあり、それでシャワーのように、ベッドだろうと、洗面所だろうと、気にせず私や娘に水をかける。

今年はそれがない。はあ、安心。(これが無ければ無いで、少し寂しいような。不思議なものだ。)





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Tシャツを絞るサラ


これは不公平で、男性が女性に水をかける。女性はただ我慢するだけ。そして、お金や卵の形をしたチョコレートなどをあげる。
去年の水掛けについての記事はここをクリック



水掛けoblievackaの記事はここをクリック



大人にはお酒だったりして。この水かけのために、近所、親戚を訪問する我が家の男性たち。大人も子供も関係ない。
この非ジェントルマンなイベントを楽しめるタイプと、女性にそんなことをしたくないジェントルマンタイプと、分かれるかと思えば、我が家は、家長のラドさんに右へ習え、みな「非ジェントルマン」なのである。


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今年の水掛けに来てくれたサラの同級生




さて、タイトルのとおり、悲しい知らせが舞い込んで来ました。

水掛けから帰ってきたニコライが、うちの三毛猫のムディナが車に轢かれて死んでいるのを見つけた。私とニコライで白い布にくるんで、家の庭に埋めた。今日は、いろいろな人が水掛けにやってきていたので、地元でない車に轢かれてしまったのかもしれない。今年もまた、子猫を授かることができない。母親でもないのに、オス猫の面倒をよく見てくれた、やさしい猫だった。
合掌。


さて、先週からどうやって、書くべきか、書かぬべきか、迷いがありました。心の中のため池が、一杯になったので、少しここで吐かせてもらいます。


かなり以前に、ラドの変わったいとこたちについて書きました。
その時のブログはこちらをクリック
*「すごい!?いとこ達」シリーズになっていましたねぇ~。今読み直してみまあした。

私とは血は通っていませんが、夫のいとこたち。考え方が少しズレているので、彼らに同意することはありませんが、おばあちゃんを囲んで集まる機会があれば、やはり「家族」として、話をしたり、近況を聞いたりしました。

初めて読む方は、よかったらシリーズを読んでみてください。

さて、その後、長男一家の6人は(夫婦、娘3人、息子1人)は、実家で半年を過ごしました。子供たちはスペインでも学校に通っていなかったそうですが、絵を描いたり、ジャングラーをしたり、火をはいて棒を回すような、りんボーダンスの隣で踊ったり、歌ったり、スロバキアでお祭りがあると、出稼ぎに行く親について行ったり。

このラドのいとこは、今年は40歳になったかな?
とにかく、「普通に働く」という意識も希望ももちろん野心もない。目指すは南米での生活だった。
長いスペインの島での暮らしを終えたのも、一旦スロバキアにもどり、お金を儲けて、南米に移住するためだった。

4人の子供をスロバキアの母親に任せ、嫁と二人でフランスにぶどうを摘む仕事に出稼ぎに行った。その後は、子供たちをポルトガルの嫁方の母親に任せ、またひと稼ぎ。新年には、一家そろって南米へ出発した。

そして、この弟夫婦も彼らを追って、南米へ行った。同じくスペインの島に住んでいた弟だが、知り合ったセルビア人の女性と結婚し、しばらくはスロバキアに戻っていた。もちろん、数ヶ月すると旅にでかけ、また戻ってはどこかへ行ってしまう。
その繰り返しで生きていた。

ちょうど、彼らの父親が亡くなった時、弟のほうは旅にでていた。セルビア人の嫁を実家に残して。母親とお嫁さんが途方に暮れ、なんとか葬式には間に合うように帰ったきたが、長男はお金がないからと、戻って来れなかった。

話をもどす。
長男一家と次男が南米に渡って、つい先日2月だったか、ラドのおばさんが彼らの近況を教えてくれた。






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先日、衝動買いしたマヨリカの卵たて






「やっと家を借りたって。この間は、チチカカ湖でキャンプをしていたんだけど、寒くてとても生活できそうな場所じゃないからって、移動したらしいわ。」

唖然とした。チチカカ湖って、普通にキャンプしていいんだ。びっくりしたよ、私。

そんな無謀な話を聞いて、もう完璧「他人事」として、自分の心の中では処理していた。正直、子供たちが可哀想だとは思っていました。

スロバキアに来て、はじめてテレビに触れた子供たち。インターネットを知り、インターネットを通じてベルギー人の友達を作り、簡単に家にまで呼んでしまったこともあった。学校に行きたくないのは、「きっといじめられるから。」と、かわいそうな発想をはねのけてやることのできない親を持った子供たち。「本当はここに残りたい。」とこっそり教えてくれた子供たち。

スロバキアでは、子供を学校に行かせないと、行政からチェックが入る。それはスペインも同じで、行政が家庭訪問をして子供の能力テストをするそうだ。この子供たちは問題なしで、学校に行かなくてもいい、とお墨付きをもらっていた。

ラドが言うには、「南米なら子供が学校にいかなくても、誰にもとがめられることがない。」(罪にならない。)という発想だからこそ、ボリビアだったかを選んだらしい。


そして、悲劇が起こった。

いとこの弟のほうが、亡くなった。それは、先週の金曜日のことだった。

以前、書いたがパスポートの発想すらないから、当然だが、保険を持たない属さない彼ら、自然治癒しか頭にないだろう。

「死んだ。解剖にまわっている。」との連絡が入った。5日間も何も飲み食いできない状態で、高熱が続いた。あまりにひどい状態なので、病院に駆け込んだ。兄は安心して家に戻った。その直後に亡くなったらしい。

なぜ?どうして?

解剖の結果、死亡の直接の原因は肺炎だった。どんな病気も最後は肺炎で亡くなる。アスピリンや抗生物質も持っていなかったのだろうか?マラリアだろうと言っていた。

どうして?どうして?

そんな言葉は今更、意味を持たない。



叔父が亡くなった事実は、子供たちを怖がらせたに違いない。
スロバキアに帰りたいと彼ら全員が思っているだろう。しかし、お金がない。望んで、勇んで、でかけたものの、結果がこうなってしまった。それでも、戻る場所はある。

生きている身には、戻る場所がある。それは、大変ありがたいことなのだ。いとこは
40歳にして、やっとそれが分かったと思う。
あとは、どうやって戻ってくるか。働いて、お金を稼いで、帰ってくるしかない。幸せなことに、彼らを助けようとする親戚が、
ここにはまだいることだ。

死んでしまった彼は、亡骸がせめて灰になって帰ってこられればいい。あの笑顔にもう会えない。

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私が初めてスロバキアに来たとき、みんながお酒を注いでくれて、断るタイミングに困っていたら、
「もっといる?いらないの?なんで自分の意見を言わないの?」
と、不思議そうに質問してきた、かわいらしい男の子だった。

あの笑顔にはもう会えない。
ここ数年はラドのおばさんの泣き顔ばかり見ている。なんと言葉をかけたらいいのか分からず、私はまだおばさんに会いに行っていない。明日。行ってみよう。

書いたら、心の整理がついた。












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コメント

yokoblueplanetさん

そうなんですよね。日本の常識、感覚で考えても、丸く治まることなどないですもんね。私のように、人生が半分になっている年齢だと、世界は限りなく広いと思うのです。

防げたかもしれないのに、起こってしまった事故。取り返しがつけば、「勉強」で済ませますけど、時間と命だけは戻ってこないので、これが家族、親戚にとっては、無念。

スロバキア語で「ご愁傷様でした。」というような意味の言葉しか知らない私。もっと、慰めの言葉を覚えなくては。。。。。

難しい状況ですね。

こんばんは。
国外に出ると新たな問題が出てきますね。
国内の親戚同士でも色々ありますが、文化も歴史も異なる親戚同士では,簡単に片付けられないこともあるし気は揉めてもあまり手は出せない。。。
国境や保険などの制度も考え方に依っては無くても良いものだし,,,等と考え始めると際限なく考えが広がってします。便宜上無いと特定集団に不都合が生じるのでだんだん制度化されて来た等々。
できるだけ笑顔で過ごせる時間が多くなる世界になることを祈ってます。
ご冥福を祈ります。ポンセさんの心の安寧も。

B9MOMさん

こんにちは!コメントありがとうございます。

コメントしにくいブログを書いてしまったなぁ!と、反省ですよ。

因果応報と言ってはいけないのでしょうが、決して悪い人間ではなかったのですが、許されない行動をした人ではあったかもしれません。今回に限ってではなく、今まで親や周囲に迷惑をかけたという意味です。


それでもやっぱり、35歳という若さで亡くなる必要は無かったと思います。

残された奥さんも可哀想でなりません。


chicaさん

コメントありがとうございます。
返事が遅くなってしまって、すみません。

叔母さんに会ってきました。おばあちゃんにも会いました。二人とも、私の顔を見た途端に泣き出しました。私は、泣けない自分に苛立ちのような、申し訳ないような気持ちを感じました。

そこに体が見えないし、本当に亡くなってしまったという実体がないから、泣けない。私って、薄情ですね。

こんにちは!

んー・・・。
やりたい放題していたのは、自分。
最後、誰も死に目にあえなかったのは、自分のせいでもある・・・。
ある意味、仕方ないといえば、仕方ないですね。

やはり人間、一生懸命、親などに心配をかけないように生きることが大切なのかもしれませんね。

お久しぶりです!

捻挫が少し治りつつあるので、コメントの書き込み&ツイッターを
少しずつ復活させようとしています。

今こちらはもう夜なんですが、
昼間に従兄弟シリーズ読んでしまいました。
ホント、家族の問題にもお国柄というか、文化が現れるんだなーと
びっくりしました。
アジア諸国は嫁姑問題がよく問題になるようですが、
アメリカではあまり聞きません。
ポンセさんもラドママさんと仲良くしていらっしゃるようですし、
スロバキアでもあまりないのでしょうか。
アメリカでも家族がヒッピーで病院も行けなくて
っていうのは、あまり聞かないけど、
やはり政治&遺産がらみでもめることが多いかなー。
(うちの義母も政治がらみのことでこの間、怒りが爆発していました。)

もうこういうことがあるから、医療はちゃんと受けなくてはいけませんよね。
自分の信条を守りながら生活するのも大事かもしれないけど、
少しくらい世間の常識に合わせないと生きていけないことがある、
ということを従兄弟の皆様が少しでも理解できればいいですね。
きっと伯母さまもつらいでしょう。
弟さんのご冥福をお祈りします。

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