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大好き!!ベオグラード<その5> 

今日は9月1日で、日本の皆さんは夏休みが終わり、
本日より登校だったでしょうね。

スロバキアは9月1日は祝日なので、
7月1日から始まった夏休みも、
本日がとうとう最後の日。
そして、いよいよ明日2日から新学期が始まります。

子供たち、朝起きできるかなぁ?



さて、ベオグラードですが、英語だとBelgradと書きます。
でも日本人にとっても、ベオグラード(Beograd)のほうが親しみがありますよね。


原語の表記もローマ字だとBeogradになるので、
ホテルとツーリストインフォメーションでもらった地図は、、
私を混乱させた。

地図の地名の英語は読めても、その場に立つと通りの名前などの表記は
キリル文字だったりする。

高速とか道路は、キリル文字がローマ字に変換表記されているので、
あまり問題はないのだけど、
歩いて回る範囲、生活範囲のものは、英語の地図では用を足さない。



それでも、今回の2泊3日で一番痛感したことは、

こんなに英語が通じる都市って、
めずらしよなぁ~!


と、思いきりポジティブになれたこと。

言葉が理解できないと、本当に苦痛でたまらない。
もう毎日がそういう生活なので、英語で質問して親切な回答がもらえる喜び!
これは旅の解放感を一層色濃くし、
なんだかその町の住人になったような気分で、
縦横無尽に歩くことができた。

特に、若い人たちの英語はわかりやすくて、
「ああ、この人たちは普段から使っているんだなぁ」と実感した。

レストランもファーストフードも、英語で注文できるし(若い人が働いてた)
町、唯一らしき中華料理屋さんでは、共通語がなくて、
身振り手振りと漢字と英語のメニューに助けられたが、
年配の人でも、レストランでは完璧な英語と対応でしたし、
ホテルのフロントのおじさんもおばさんも英語はバッチリ!でした。



スロバキアにいるよりも、よっぽど英語が通じるように感じる。

チトー様様なのだね。チトー大統領についてはここをクリックしてね→

それから、前回肝心のユーゴスラヴィアについて、
クリックを設けていなかったの、どうぞこちらも合わせて読んでみてください。
ユーゴスラヴィアについてクリック→ユーゴスラヴィアについて




写真の旅を続けましょ。
バスターミナルに戻って、一旦ホテルまで歩いて帰ることにした。
夫も待っているかな?仕事が終わったかな??


朝、徒歩で通過した道を戻る。
そうだ、朝にも会ったけど、かっこいい奴らを携帯で激写!

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dozo.jpg
英雄の銅像はどこも似ている Prince Mihailo
national opera
国立オペラ座

1867年にハンガリーがオーストリアと2重帝国になり周辺の小国も
自国の言葉のオペラ劇場を建立し、自国の独立を目指した時期。
銅像になる英雄たちのもどこか共通点がある。








17時にホテルに戻ったものの、
夫はまだ忙しくコンピューターとにらめっこしていたので、

「じゃあ、19時半にもう一度会いましょ!」


とホテルを出て、再度行ってきま~す!!

yosai2.jpg
yosai naka 3
yosai4.jpg
ベオグラードの要塞

この要塞内の壁と壁の間に、テニスコートやバスケットコートがあったのには驚いた!
さすが、世界一のプレーヤーを出すだけのことはある。
ちなみに、ノバックさんのテニスのお店もベオグラードにあるらしい。


さて、要塞から路面電車にトライ!
ホテルの近くで降りようと思ったのだけど、
約束の時間までまだあるから、街のはずれまで行ってみよう!

いい気になりすぎたかな?
帰れなくなると怖いので、そろそろ下車。

酔っ払い?浮浪者?
私を見つけて寄ってきた。

道を教えたい?親切なの?物乞いなの?
小銭をやりたくないので、手を振って
「NO、NO」と合図を送った。
警察官が近くにいたので、あちらも去って行った。(よかったぁ)

来た道を歩いて戻る。
せっかくだから、歩こう!
  






tesla2.jpg
発明家の「Nikola Tesla」の博物館だったかな?大学だったかな?
建物の前にあった銅像


tesla.jpg
この国の英雄の一人 「二コラ テスラ」


そうなんですよ。私ですらこの方の苗字に覚えがあるのです!
なぜって?

最近はあまり見ないかもしれないけれど、
少し前まで、このメーカーの電気製品は売れ線の商品として
電気屋さんにたくさん並んでいました。
家のパン焼き器はTESLA製かもなぁ?

ラドに聞いたところ、
「有名な発明家だから、その名前を取れば売れると思ったんでしょう」とのこと。


ああ、今、ウィキペディアを見て、これまたビックリ!!
まただよ、私。無知丸出し。。。
ニコラ テスラについてクリック→「ニコラ テスラ」について 




歴史上、スロバキアにも発明家や学者は多い。
これほどの功績に匹敵する人物はいるかなぁ?





ホテルに戻り、ラドと合流して中華の夕食。
チャイニーズ料理は塩味が強くてのどか乾く。
のち、ホテルの通りが行き止まりになっていて、
近くのパブがテーブルを並べていた。
地元のビール「Jelen」(男鹿)を飲みまくることに。




角を曲がると、有名なSkadarlija通り。
別名「ボヘミアクウォーター」ともいい、毎晩、ジプシー音楽の生演奏が聞ける。
おもには旅行者向けで、竹下通りを思い出すような混雑と照明。
夜中まで音楽が聞こえていた。

s street 3s streets street2

s street 8s street4s street6

s street7s stret5


あくまでもあのNATO空爆ビルを目指しているのだが、
なかなか発見できなかったんですよ。
さすがに、地図に「NATO空爆ビル」とは書いていないですから。



*ブログを書くのは、1時間以内と決めているので、
すでに1時間以上オーバーしてますけど(苦笑)

すみません。。。また次回へ続きます。















   











関連記事

コメント

さくらこさん

はじめまして!

返事が遅くなりまた。ごめんなさい。

9月は新学期開始なので、座っている時間がなく、心も落ち着かなく。

さくらこさんはうちの次女(8歳)と同じ名前なんですね。
なんだか嬉しいです!

それにしても、息子さんは二枚目でしっかり者さんですね!!
ウェブをみました。
ベジタリアンなんですか??
あのテレビ番組は社会主義時代に焦点を当てているんですよね。
実はあまり見たことはありません。
「I love Slovakia」(本当はスロバキア語)というクイズ番組を1時間みて、そのあとから始まるので、子供と一緒に寝てしまっていました。
今回初めて観ました!!マンション群の話は興味深いですね。

堅い雑誌に、自分の意見をはっきり言えて、立派です。
外国に来て初めて自分の国を知ることが多々あります。外側から見る日本にどんなことを感じたのか、ぜひ意見を聞いてみたいですね。

スロバキアは「大海」という環境ではないかもしれませんが、これから学びたい事ややりたい事など、何かを得て帰国されることでしょうね。

さくらこさんも、スロバキアにいらしたのですね。オーストリアのウィーンは「お澄ましさん」だし、ハンガリーのブダペストは「荒んでいる」で、スロバキアのブラチスラバは「いたって平静」ですね。

そしておっしゃる通り、スロバキアの魅力は地方にあります。小さくても歴史を大切に生活と大自然を守り、地に足をつけて生きている人々、それがスロバキアの魅力だと思います。

実りある秋を迎えられて、こちらも嬉しいです。

うちの長男も昨日からブラチスラヴァの寮に入りました。何を学んでくれるのか?楽しみです。

若者の未来を応援できる大人として老いてゆくのが私の目標です。(早いかな?)
まだ、一番したは保育園児ですけどね。。。ふ~。


テレビの裏方さんの件では、お世話になりました。スロバキア中が祝祭日のなのに、クリスマス返上でお仕事されたのだと思います。

ありがとうございました!!

長くなりましたが、
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

コメントありがとうございます。




はじめまして

ポンセさん

はじめまして。時々遊びに来ています。ベオグラード旅行素晴らしいですね。

「世界ナゼそこに?日本人」も拝見しました。素敵なポンセさんと心暖かいご家族、感動しました。

実は、長男が昨年9月よりブラチスラバの大学院に1年間在籍し、ポンセさんの「世界ナゼそこに?日本人」の裏方のアルバイトをしたそうです。
スタッフさんのホテルやレストランのお世話と、駐車場の場面の裏方をやったとか。

今年の7月後半遊びに行き、案内されてスロヴァキア、チェコ、オーストラリア、ハンガリーを親子2人旅しました。

スロヴァキアは、ブラチスラバ、ポプラド、シュピシュ城、レボチャ、タトラ山のシュトゥルブスケー・プレソに行きました。

彼の友人達にスロヴァキアが1番素敵だった!と言ったら驚き喜んでいました。

本当に素敵だった‼︎

可愛いポプラドの街並み、澄み渡る空気、タトラ山の壮大さ。シュトゥルブスケー・プレソの美しさ…。歴史溢れるブラチスラバやレボチャの美しい街並み、歴史的建造物。シュピシュ城の雄大さ。

彼からスロヴァキアの国民性の素晴らしさも伝え聞いていましたが、肌で感じました。

彼がスロヴァキアが大好きな理由がわかりました。

彼は9月半ば過ぎに日本に帰国して、休学中の大学院を終える予定です。その後はどうなることでしょうか?

彼が、広島の原爆についてインタビューされたスロヴァキアの雑誌の記事です。子どもたちに伝えなければいけないと書かれてあります。

http://www.tyzden.sk/spolocnost/25733/aby-vojna-konecne-skoncila/

彼がスロバキアのテレビ、ドキュメンタリー番組に出演した時のものです。

http://www.rtvs.sk/televizia/archiv/8225/67802

彼が別に載せても構わないというので。

彼から、旅行中訪れたブタペストの駅が難民キャンプ地化されていると連絡ありました。
国際鉄道が運休していて、彼も旅行先からスロヴァキアに帰るのに普通の3倍の時間を要したようです。日本でも難民問題、報道されています。

世の中には過酷な境遇に置かれた人々がたくさんいるのですね。

お子さんが5人(うちは3人でも大変でした!)と大変だと思いますが、頑張ってくださいね。

duck4さん

こんにちは!

難民についてですが、ハンガリーが国境の警備を厳重にしているのは、
毎日ニュースでも聞きます。

先週はハンガリー国境に近いオーストリア内の高速道路で検問があり、
冷凍庫トラックに20人以上の避難民が死んでいるのが発見され、
大ニュースになっています。

運転手はアルバニア人、車はルーマニアのほうに買われた車ですが、
スロバキアやハンガリーを走るニワトリのマークが入っている冷凍庫車だったようで、
問題視されています。

この避難民は西側諸国を目指しているので、この辺は通過点です。
テレビのインタビューを受けている人は、「スウェーデンかスイスに行きたい」とか、言ってました。

EUの方針で各国が何百人と受け入れるように、人数割りなども話し合っていましたが、どうなったのか?私は最近ニュースを見ないので、わかりませんが、
ブラチスラヴァ市の外れにある、ドナウ川沿いの町が受け入れるかどうか、
町長は住民の意志を尊重したい(受け入れ反対)と発言していたと思います。

衛生面が不安だと、(病気、疫病とか)聞きます。
先日からギリシアの経済事情と、避難民のニュースばかりかもしれないですね。

ハンガリーの駅には1000人以上の避難民がいる様子が新聞にもあります。
昨日、ブラチスラヴァに行きましたが、そういう人たちを見かけることはなかったです。
幸いにも。。。

ニュースに注目するように、心がけますね。

コメントありがとうございます。!


ポンセさんへ

こんばんは!

あの空爆からもうだいぶ経ち、街も落ち着いて平和を取り戻しているようですね!

ヨーロッパのニュースで最近、シリアからの移民の方がやって来ているとのこと。今はブタペスト駅にたくさんいてドイツへと向かっているそうですが、ポンセさんのところではどうなっているのでしょうか?

とても気になるところです!v-519v-521

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