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ポンセ
Posted byポンセ

自転車と私

昨日に続いて、本日も連投!!

なんだか眠れないので、こんなことを書いてみようかと思い立った。
もしかして、この話、以前にしたかもしれないけれど。



今日、次男坊のナタンが「自転車で遠出がしたいなぁ。」とつぶやいた。
スロバキアでは、子供同志で隣村まで行く事はできない。

「町(村)を出ました」の意味で、町名(村名)に赤い斜線が引いてある看板から、
車のスピードが時速50kmから90kmに上がる。

ビュンビュン飛ばす車の横を自転車を走るのは、とても危険。
自転車も車両として、町を出ると、車と同じルールで走る。

だから、町の外を走ることができるのは、15歳から。
大人が一緒なら可能なのだが、同級生と一緒にサイクリングで遠出はできないのだ。

そっか、スロバキアって、そういうところが不便なんだ。
と、今のナタンと同い年だった自分ことを思い出した。


当時の船橋はとても田舎で、飽き飽きしていた私は、
夏休みに暇を持て余し、


「そうだ、横浜に自転車で行こう!」と思い立った。

一緒に行ってくれる友達は、仲良しクラスメートの女子。

私は弟のスポーツ自転車を借りて、朝7時に出発した。
友達のほうが、背も高いし、車輪も大きく、ハンドルがヤギの角みたいに巻いてあるタイプの
スポーティーな自転車だった。


横浜まで大体45から50km。横浜のどこを目指したわけではないけど、
横浜港で「氷川丸」を見よう!ただそれだけの目的だった。


小学3年生まで横浜市に住んでいたので、当時の思い出といえば、
マリンタワー、山下公園、「氷川丸」だったんですね~。
懐かしい、おセンチな気持ちが後押しして、
なんと大冒険にでてしまいました。


行先が、母にばれたら怒られるから、
「ちょっとサイクリングに行ってくる」(笑)

帰って来るのも、友だちに迷惑をかけないように、
夜の8時までには帰宅することにした。


大丈夫、走っている電車を追えば、東京に着くのだから。
東京駅に行く青い快速は、そのまま横浜駅にも行くんだから。


って、地図は多分、友達がもってきたんじゃないかなぁ?

私のほうは、
引っ越す前は、家の建設具合を見る為に、
父に連れられて毎週のように、横浜から船橋に通っていたから、
電車からの風景が頭に入っているし!
って、やけに自信満々で、今考えると笑える。

一生懸命こいで、東京駅はあっという間についたと思う。
お昼くらい。ちょっと菓子パンをかじって、
そこから横浜までは、川崎がやたら大きくて、疲れたかな?って、
焦りが少しあったけど、2時頃?到着したはず。

ちゃんと、横浜港に行ったような気がする。(もう覚えていない)
少しの休憩と持参したおにぎりを食べて(当時コンビニはなかった)
即、帰路だ!
だって、8時には家にいなくちゃ!



今来た道をもどるだけ。
それでも、暗くなるとやっぱり道に迷うものなんですねぇ~。

夏とはいえ、夕方7時前には薄暗く、ライトを灯して走る車の量も多い。
大体の方向は合っているけど、遠いなぁ。。。
なんて思っていたら、
「あれ?車はなんでみんなあっちに行くんだろう?」
あの橋を渡れば千葉県!ってところで見つけた光の移動。


光が一列二列に並び、千葉県のほうに向かってゆく。
この流れを追えば、家に帰れるぞ!

橋のところに、柵があった。
でも、これを越えないと、あの橋を走ることはできないなぁ。
友達と協力して、彼女が自転車を持ち上げ、
私が受け取り、彼女が柵を登って降りて、自転車をキャッチ。

大きな道で、車がビュンビュン走ってる。
「やったー!これなら怒られない時間に家に着くわ」

右の白い線からはみ出さないように、こいで、こいで、こぎまくった。
しばらくすると、何人か運転手が窓を開けて、怒鳴っていた。

そんなの気にもせず、負けずにこいでいたら、
黄色い車が追ってきた。

「君たち止まりなさーい」
の声が私たちを追う。

「いやだー!!」
警察に捕まったら、親に叱られる。
その恐怖で直線こぎで、逃げまくった。

「止まりなさーい」の声に、
「なんで、止まらないとけないの?白い線の中を走っているでしょ?」
って、足も止めずに、大声で返答する私に、
おじさんは教えてくれた。


「ここは高速道路だから、自転車は走っちゃいけないんだよ。だから止まりなさーい」

へぇ、そうなんだ、知らんかった!

「ごめんなさい。知りませんでした」

車のない家で育った私は、高速道路というものの存在を理解していなかった。
見たことがないから、そういうものがあるのを知らなかったのだ。
いろんな車の運転手が窓を開けて怒っていたのは、危ないから。
私たちが危険なことをしていたなんて、全く気が付かないで、
本当にいい気になって走っていた。


「この車について行きなさい」

と、大きなお咎め(おとがめ)もなく、私たちを誘導してくれたのは
警察ではなかった。
黄色い大きな車いに追いかけられ、赤いランプの小さい車が誘導してくれた。
うちに近い出口で降ろしてくれた。

そこから、まっすぐ家に帰った。
この話は、あまり他言しなかった。
一緒に冒険してくれた友達との秘密だった。
宝を共有している気持ちでもあった。、


中学1年生の時に、自転車で90kmも遠出した自慢話なんだけど、
この高速走行をオマケで話したら、ラドママにも子供にも驚かれた。


大人になって、飲み会で話したときに、
高速を自転車で走ったことのあるのは、
私だけじゃない、ということに気が付いた。

それ以来、遠出はしたことがない。
高校は3年間自転車通学だったけど、
朝7分を全力で走り切るのが快感だった。

白いブリジストンのサイクリング車は、
車体が美しくて、宝物だった。

自転車っていいよね。

私もスロバキアで遠出しようとするなら、
ヘルメットと目立つ服装(蛍光色のベスト)を用意しないと
町外へ出られない。

そういう決まり。


みなさん、ご安心を!
もう安全運転ですから。
ホントの事を言うと、そんな体力がない!!




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ポンセ
Posted byポンセ

Comments - 6

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ポンセ  

Keiichiさん

こんにちは!

若いって、すごいことですよね。
傷の治りに象徴されますけど、なんせ回復が早い!うらやましいです。

そういえば、自分がゴム毬かと思うくらい、飛び跳ねていた時代がありました。

小学生時代は、男の子に負けたくない!というのは、常にありましたけど、ケンカすると先生に叱られるので、将棋に切り替えたました。

男子は先生からビンタされるのに、女子はされなかったですね。なんで差別をするのだろうか?

もちろん体罰は嫌ですが、男女の差別をされているようで、そんな事も心に引っかかっていましたね。

私が尖っていた時代ですね。
ああ、昭和!!

自転車は自分で漕いでいる事が感動ですよね。


コメントありがとうございます。


2017/09/07 (Thu) 17:46

ポンセ  

Samansaさん

こんにちは!

昭和くさい話ですよね(笑)

そういえば、昨日次男坊(13歳)が、友達がコンピューターゲームや携帯でばかり遊んでいて、外に出てこないのを愚痴ってました。
「つまらないなぁ、コミュニスト時代になればいいのに。」

日本の方が想像するコミュニスト時代は、厳しいものというイメージでしょうが、やっぱり「昭和」に似た古き良きあのころがあるようですね。


ちなみに、息子は狭いこの町に飽きているの様子です。

さて、どうしましょ?!

コメントありがとうございます。

2017/09/07 (Thu) 17:34

ポンセ  

yokoblueplanetさん

Yokoさん

こんにちは!

こっちの高速道路、特に夜はビュンビュン飛ばしてますね。渋滞がないですから、気が付くと、制限を超えている時があります。


ここで逆走されたら、一巻の終わりでしょうね。

見てはいけないもの、、、、なんだろう?
高速のサービスエリアに売っている、ローカルフード「おやき」が懐かしいです。


コメントありがとうございます。

2017/09/07 (Thu) 17:26

Keiichi  

高速道路!

若い頃は、特に中学生や高校生の頃は、元気があって、何でもできましたよね。
それにしても、さくを乗り越えて、自転車を持ち込むなんてスゴイ!
それは、男の子でも、結構な冒険談になりますね。
自転車、気持ちいいですよね!

2017/09/03 (Sun) 19:52

Samansa  

こんばんは

すごくいいお話でしたが、おとがめもなく誘導してくれたのが警察でなかったのにも驚きました。なんていい時代だったのでしょう。
今の日本では高齢者が高速道路を車で逆走したり・・・ある意味全く違いますがニュースになっています。

かわいい女子高生のポンセさんの快活ぶりが目に浮かぶようです。

2017/09/02 (Sat) 20:47

yokoblueplanet  

大冒険

こんばんは。
楽しい大冒険の思い出ですね!
高速は、たま〜に、居てはいけないものを見かけることがありますが、それよりも怖いのは逆走する車!
日本の高速では時々ありますね。。。

2017/08/31 (Thu) 18:57

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